生きづらいふ

人生をクリアに、シンプルに、さわやかに。

良いキブン

今日はひさしぶりに、仕事以外で外出をした。働きはじめてから、週3日仕事に行く以外で、あまり外出をしていなかった。今日は天気もよかったので、なんとなく自転車に乗って外出してみた。自転車に乗るのも1ヶ月以上ぶり。

 

近所のTSUTAYAと本屋に行ってDVDと本を眺めてきただけだけど、楽しかった。まずひさしぶりに自転車に乗ったことが楽しかった。身体を動かすというのもひさしぶりだったので、身体が喜んでいるような感じだった。わずか10分弱くらいしか乗っていないのに、太ももが悲鳴を上げはじめたのには焦ったが。

 

小一時間ほどして帰ってきたのだけど、だいぶ気分がいい。

 

本屋に行った。店頭にはハリーポッターの新作本がずらっと並んでいた。スポーツ雑誌コーナーでプロ野球の雑誌をかるく立ち読みし、ぐるーっと店内を見てまわった。それだけだったが、なんとなくポジティブな気分になれた。

 

きっとあれだ。本のタイトルは基本的にみんなポジティブなことばかり書いてあるからだ。だから本屋に行って、なんとなく本をながめているだけでも、ポジティブな言葉を浴びているような感覚になって、前向きな気分になるんだ、きっと。

 

最近あまり調子がよくなかった、メンタル面の。寝る時間がどんどん遅くなり、深夜2時や3時に寝るのもめずらしくなくなってきて、生活リズムがぐちゃぐちゃになってきていた。そのほかにもストレス源がいくつかあって、すこしイヤな感じだった。自律神経が乱れているみたいで、動悸や冷や汗がひどくなってきていた。

 

そんななかで、今日は早起きもできて、天気もよくて、朝ごはんもしっかり食べて、外出もできたので気分がよくなった。午前中に太陽の光を浴びるとかなり気分がよくなる。今日のような過ごし方をなるべく習慣化したい。

生きづらさを克服できたのかな

以前感じていたような生きづらさを感じなくなった。自己嫌悪しなくなって、鬱っぽさもなくなった。悩む時間が減って、思考が前向きになった。自分にできることと、できないことを把握するようになった。人と自分を比べることの無意味さに気づいた。

 

まさか自分がこんな状態になれるとは思わなかった。「変わりたい変わりたい」と思い続けていたけど、ほんとに変われるなんて。実際にはあまり「変われた」という感覚はなくて、「抜け出した」という感覚だ。別人になったのではなく、自分のなかに眠っていた「元気な自分」に再会したような感じ。

 

なにがきっかけで抜け出したのか、はっきりとはわからない。でもたぶん、体調に気を配るようにしたのがよかったんだと思う。質のいい睡眠をとること、朝食をしっかりとること。この2つを意識したのが功を奏したのかな、と思っている。あとは趣味に集中すること。「ほんとはこんなことしてる場合じゃないのに...」「こんなことしてないではやく就職しなきゃ...」とかそういう自分へのプレッシャーを一切やめて、趣味を楽しむことに集中したら、気分が上がってきて思考が前向きになった。

 

生きづらさを感じて、思考がネガティブになったり、やる気がでなかったり、自己嫌悪ばかりするときの自分をあまり信じないほうがいいのかなと気づいた。そうなってしまっているときは、自分の「性格」が大嫌いになっているんだけど、それはたぶん「性格」じゃない。ただそういう「状態」に一時的になってしまっているだけなんだと思う。ざっくり例えるなら、「風邪」を引いているときの自分を、「僕はなんでこんな弱い人間なんだ。人より咳が出るし、喉も痛い。ダメ人間だ...」と責めているような。悪いのは自分じゃなくて、その「状態」だから、ゆっくり休んで回復することに集中したほうがいい。

 

生きづらさを感じてるときって、なんとか自分を変えようとしたり、努力したりしようとするんだけど、それはさっきの例えでいうと風邪を引いてるのにみんなと同じように頑張ろうとしているようなものなので、そんなことしてもより悪化させるだけだ。だからさっさと休んで体調を整えつつ、自分が日常を楽しめるように工夫したほうが結果的に早道になる。急がば回れ、ってやつだ。

 

僕の場合は、4月からニートになってずっと家にいて、ゆっくり休める環境が整っていた。衣食住がそれなりにそろっていて、安心して休むことができた。それに僕にはたくさん趣味があった。野球とかお笑いとかいろいろ飽きない趣味があったのが幸いだった。そういう意味では僕はとても恵まれていたからこそ、こうして元気になることができたんだと思う。親に感謝しなくてはいけない。

 

とはいっても、まだいろいろ悩むことはある。仕事ははじめたけど、いつかは正社員を目指すのか、とか。結婚、とか。もっと先のことを考えはじめたらいろいろ不安になる。親のこと、兄弟のこと、など、家族の問題もある。人生はむずかしい。ゆっくりやっていくしかない。たぶんなんとかなる。

 

このブログのこともどうしようか考えている。少なくとも「生きづらいふ」という名前は辞めたいと思っている。このブログの更新をやめて、新しいブログをはじめるか、しばらくブログ自体やめるか。いろいろ考えているけど、いまいち結論が出ない。このブログ辞めたら、ダンゴムシの会はどうするのか、っていうのも出てくるので悩みどころだ。ダンゴムシダンゴムシでいろいろ考えていることがあるし、ダンゴムシとはまた別に新しいことをやりたいなともぼんやり考えている。

 

そんな感じで、最近はいい感じに人生の難儀さと向き合いながら前進している。

おしごと慣れてきた

はたらきはじめてから2週間くらい経ちまして。週3日のおしごとなので、まだたいした日数はたらいていないが、だいぶ慣れてきた。職場というあたらしい環境にも、作業にも慣れてきていくらかリラックスして通勤することができてきたところ。

 

夕方から数時間はたらくだけなので、通勤する時間帯は電車が空いていて通いやすい。満員電車でストレスを受けることはない。帰りはそこそこ混んでいて、1時間ほど立っていなければいけないけど、身動きが自由にとれる程度の混み具合なのでまあ大丈夫。帰りはいつも23時すぎで、寝るのがどうしても遅くなるので生活リズムが若干ズレてきているのがちょっと気になる。

 

職場はトイレがちょっと汚いくらいで、とくに困っていることはない。面倒を見てくれるリーダーさんも優しくて安心した。基本的にはPCに向かってひたすら入力をするだけなので、職場で会話をすることはほとんどない。おなじ派遣さん同士で話すこともほとんどなく、軽くあいさつをするくらい。

 

作業自体も慣れてしまえばむずかしくはない。ミスをするとちょっとシャレにならない事態になってしまう可能性もあるのでそこは神経をつかう。けどだいぶ慣れてきて、手と目はしっかり作業をしているけど、頭はべつのことを考えている、という余裕ができてきた。気を抜くとミスしそうなので、たまに意識を戻すけど。

 

そんな感じで順調にはたらいている。ひとつ困っていることを挙げるとすれば、派遣の場合は珍しくないんだけど、自宅からの交通費が一切出ないこと。なのでひと月に1万円くらい交通費で持っていかれるので、それがちょっとネック。

 

それ以外はとくに困っていない。そこまで身体や精神が疲れている、ということもない(はず)。いまちょっと風邪ぎみなのでちょっとやられているけど、めちゃくちゃ疲弊しているという感じではない。ただ、自分では自覚してないけどじつは疲労がたまっているような気がしないでもないので、休みの日はしっかり休んでおきたい。

 

いまのとこは、僕にとってちょうどいいハードルの仕事をチョイスできたんじゃないかと思っている。基本的にこういうときの運はいつもよくて、人間関係には恵まれているので今回も運がよかったな、と。ブラック企業だったり、いやな上司に当たらなくてよかった。自分が思っているよりも、はたらくところはおっかない場所ではない、というのを知れた。運がよかった。

 

そんな感じ。

できるだけ人を嫌いたくない

世のなかにはいろんな人がいて、なかには苦手な人や理解できない人もいる。発言や行為が気にくわなかったり、腹が立ったりすることもある。でもそういう人に対して、攻撃的な態度を取ったり、排除したり、っていうのはできるだけしたくない。自分が「正義」で、相手が「悪」みたいに決めつけたくないし、そういうことをしていると自分のまわりに人が寄ってこなくなる気がするからだ。

 

そりゃ苦手な人や気にくわない人もいる。できるだけ関わりたくないと思う人もたまにはいる。そういう人に出会ったら、そーっと距離を取る。自分が関わりさえしなければ平和なのでわざわざ相手を攻撃する必要はないし、相手が悪者なわけではないからだ。

 

以前ツイッターかなにかで見た次の文章がそういう考えに影響している。

 

小学4年の息子が、「ぼくね、本当の無敵っていうのは敵がいないほど強いんじゃなくて、誰とでも仲良くなって、敵なんかいなくなることだと思うんだ」と話してくれた。子供にはいろんなことに気づかされる。

 

誰かを嫌ってはねつけるというのは自分で敵を作る行為だと思う。それって結果的に自分が苦しくならないか?と思う。さすがに誰とでも仲良くなれるほど寛大な心は持ち合わせていないので、僕の場合は苦手な人とはしずかに距離を取る、という手段でやりくりしているけども。

 

それに、人の行為や発言が気にくわないときっていうのは、自分の精神状態に余裕がないか、もしくはそういう行為・発言をした相手側の精神に余裕がないか、のどっちかである場合もあるので、そういうときはお腹いっぱいごはん食べてゆっくり寝て忘れたほうがいい。

 

最近のネットを見ていると、ちょっと気にくわない発言や行為をするとすぐに話題になって騒ぎになっているけど、あの流れにはできるだけ乗らないようにしている。世論やネットの声の影響がでかくなりすぎて、ちょっとおっかない。できれば炎上騒ぎは目にしたくないけど、どうしても入ってきてしまうのでなるべく楽しい話題に目を移すようにしている。

 

人の嫌なところを目にしたとき、気にくわないなって思ったとき、相手がなぜをそれを言ったのか、やったのかを考える。たぶんこの人いま忙しくてイライラしてるんだろうな、とか、いろいろ余裕がないんだろうな、とか、寂しいのかな、とか。なるべくその行為・発言の背景を考えて、理解しようとする。そうすればいくらか受け入れられるようになる。敵を作りたくないから。

 

できるだけ人を嫌わずにおだやかに生きたい。それがいちばん。

 

 


 

じつはひっそりと「石の裏のダンゴムシの会」という会を主催しております。生きづらさを感じてるひとたちが集まって話したり、しゃべったり、トークしたりする会です。毎月第4日曜日に新宿でやっております。今月は10/23(日)にやる予定ですので、興味ある方はこちらをご覧ください。

 


はつしゅっきん

きのうが初出勤だった。通常のシフトでは18時~22時という時間帯にはたらくのだけど、きのうは研修ということで朝から1日はたらいてきた。午前中はずっと会議室的な部屋で資料を見ながら説明を聞き、午後からやっと実際やる作業の練習をした。ちなみに仕事内容は簡単なデータ入力。

 

まだ研修を終えただけなので、とくに思うことはあんまりないんだけど、現時点での感想を簡単に書いておこうと思う。

 

いままで僕が経験してきた「仕事」なり「バイト」は、ほぼすべて倉庫内での軽作業だった。仕分けだったり、ピッキングだったり、梱包だったり。基本的にずっと立ちっぱなしで作業時間は私語はほとんどせず、とにかくもくもくとおなじことを繰り返す。機械のように繰り返す。そんな作業しかやったことがなかった。

 

そういう作業は簡単であることはまちがいないんだけど、体力的にはけっこうしんどい。ずっと立っているので、帰るころには足腰しんどいし、ずっとしゃべらずにもくもくと作業をやっているのもストレスがたまる。人づきあいがないという点では気楽なんだけど、「孤独」というか「気を抜けない」というのか、そんな感じがあってしんどい。

 

けど今回やる仕事はオフィスワークで、パソコンの前に座ってもくもくとデータを入力していく。もくもくとおなじことを繰り返す点ではあまり変わらないけど、座っていられるという点は僕からすれば革命的だし、多少であれば私語をしても大丈夫なくらいには職場の空気が軽いみたいだ。倉庫は空気が重かったので信じられない。

 

あと感じたのは、派遣とはいえ、実際の「労働の場」に足を踏み入れることで、「はたらく」ということがどんな感じなのかを目の当たりにできるんだということ。もちろんいままでやってきた軽作業も実際の労働現場なんだけど、やっぱりオフィスワークが多くのひとが従事する労働だと思うので、そういう世界を見れるのは貴重だな、と。(軽作業の世界を知れたことも貴重な体験だと思っている)

 

どうでもいいことなんだけど、職場に出入りするときにつかうセキュリティカード?というものをもらった。入るときにピッとかざすとドアが開いてなかに入れるというやつだ。軽作業をやっていたときもそういうものを社員さんが持っていたのを何度も目にしていて、僕はひそかにあのピってやるカードに憧れをもっていた。なのでそれをもらって首からさげたときはわずかにテンションがあがった。

 

閑話休題

 

今日からシフト通りにはたらきはじめる。そして実際の業務に入る。やることは簡単なんだけど、間違えてはいけないというプレッシャーがあるので多少緊張感がある。あとは職場での人間関係だったり、細かいルールだったり、いろいろ慣れるまで緊張を感じると思う。でもいまの僕だったらなんとかなる、という根拠のない自信もあるので大丈夫なはずだ。なんとかなる。どうしてもいやだったらやめればいい。

 

最後にきのう、いっしょに研修を受けていた人との会話を紹介しよう。

 

「えんぴつさん、学生さんですか?」

「いえ、学生じゃないですねえ」

「あ、そうなんですか、じゃあ普段はなにを...?」

「あー、えーとー...」

「...あっ、言えないんならいいんですよ!」

「ああいえ!そんなことはないんですけど...!すいません」

「いまいろんな人がいますもんねー」

「そうですねえ...」

 

これがニートが受けるべき洗礼のようだ。

ほうこく

はたらくことになった。

 

正社員として就職したわけではなく、アルバイトとして雇われたわけでもなく。派遣会社に登録をして、仕事を紹介してもらい、その紹介先で週3回はたらくことになった。フルタイムではないので、派遣社員といっていいのか分からない。かといって派遣バイトでもないんだろうと思う。そのへんよくわからない。

 

世間的には正社員にならないと「立派」とは言えないんだろうけど、ぼくからしてみればかなり大きな一歩というか、成長というか。いままで3年くらいずっと日雇い派遣でちょこちょこはたらいてきた。けどまったく安定して稼げなかった。けど今回はとりあえず12月末までの契約ということなので3か月はしっかりはたらくことができる。感覚的にはアルバイトとたいして変わらないぐらいしかはたらかないけど、ぼくにとってはすごいことだ。

 

今回はじめて長期ではたらく派遣会社に登録をしたのだけど、拍子抜けするほどあっさりはたらくことが決まったので驚いた。いわゆる面接というものがなく、派遣の登録会にいって簡単に説明を受けてそのままはたらくことが決まった。アルバイトの面接がこわすぎていままで飛び込めなかったけど、こんな感じならもっとはやく派遣ではたらいていればよかった、と思った。

 

「はたらきたくない」と駄々をこねて、せっかくもらった内定を蹴ってまでニートになった。けどいまこうしてはたらくことに前向きになって自分で動きだせた。いまの自分に危機感を感じて決死の覚悟で飛び込んだ、というわけではまったくない。自然と「はたらこう」と思えたから動いただけにすぎない。

 

最近は調子がいいのか、いろいろと前向きに考えられている。これは一過性のものなのか、ひとつ自分が成長できたのか、わからない。けど「生きづらさ」から一歩抜け出したような気はしている。それでもふとしたときに調子が悪くなって、得たいのしれない「不安」とか「恐怖」が襲ってくることがある。だからきっとぼくは一生この生きづらさと付き合っていくんだと思っている。けどそんな人生も悪くはないし、そのほうが人間らしいなと思えている。

 

とにもかくにも。もうじきはたらきはじめる。がんばります。

ふたたびにーと

先日「しばらくはたらいてくる」と言いまして。順調にはたらいてきた。ただもともとの予定では9日間働く予定だったものが、作業の進捗状況によって5日間だけになってしまい、すでにバイトが終了してしまった。これでまたニート生活にもどってまいりました。

 

たった5日間ではあったけども、なかなか楽しくはたらけた。作業内容は公言厳禁なので言えないが、おもしろい作業だった。イスに座って、空調の効いたオフィスでもくもくと作業をこなす、というスタイルも自分に合っていた。作業中にわからないことがあったときに責任者に聞きにいくという場面もあったが、とくに問題なく。

 

精神的にも、身体的にもダメージの少ない仕事だったのがありがたかった。いままでは倉庫や工場内での作業しかやったことがなかった。ずっと立ちっぱなし、あるいは動きっぱなし、という肉体的にきつい仕事が多かった。それだけに「仕事とはこれだけ疲れるものなんだ」と思っていた。

 

しかし今回はずっと座っていられる。動かすのは目と手のみ。19時に終業して、家路につくときに「こんなに疲れてなくていいの?」と思った。いつもは足腰が疲れきった状態で家路についていたのに対して、今回はピンピンしながら帰ることができて驚いた。多少の肩こりや首の疲れは感じていたけども、全然のーぷろぶれむ。

 

5日間だけだけど、今回はたらいたことでだいぶ自信がついた。自分が思っているよりもいろんな場面で緊張せずにいられたし、平常心でいることができた。「なんだ、大丈夫じゃん」って思えたことで自信になった。「やってみたら意外と普通にはたらけるのかもしれない」と思えたことが収穫だった。

 

そして、オフィスワークを経験できたことも大きかった。もちろん一般的な会社員・サラリーマンがやっていることとはまたちがうんだろうけど、会社に入ってオフィスではたらくっていうのはこんな感じなのかな?となんとなくイメージできた。9時間オフィスにいて、8時間労働をするという感覚も体験できてよかった。

 

それからそれから。バイトしたことでいくらかもらった給料。ある程度まとまったお金をもらったことで、「お金があればこんなにおいしいものが食べれる」「お金があれば野球観戦に行ける」「お金があれば欲しかったあれが買える」「お金があれば人に会いに行ける」というように、お金があることのメリットを改めて実感できた。そして「またはたらいて稼ぎたい」と思えた。

 

ということで、さっそく今日いろいろとネットで仕事をさがしていた。で、よさそうなものを見つけたのでとりあえず応募してみた。派遣社員という形ではたらくやつだ。いままでやっていた派遣バイトよりは正社員に近い雇用形態?になるんだと思う。よくわかっていないけど。

 

まだわからないけど、またすぐにはたらくことになるのかもしれない。けど、しばらくはまたニートをやることになる。すでにここ4日間くらいほぼ家にこもっている。天気は雨ばっかりだが、メンタルは晴天続きなので料理したり、趣味に興じたりしている。

 

そんなわけで、はたらいてきましたよ、という話。

そういうもんだ

数学が苦手だった。なんでそうなるのか理屈がわからなくて。友だちや先生に聞いても、「そういうもんだから」とか「そういうもんだって思っておいて」なんて、全然腑に落ちない返答をされた。

 

数学ができる人は理屈うんぬんは置いておいて、とりあえず公式とかを覚えてすいすい解いていく。細かいところは気にしないで、とりあえず飲み込んで器用に解いていく。ほんとうに頭がいい人は理屈もちゃんと理解してたんだろうけど、要領がいいタイプの人はとりあえず「こういうもんだ」って理解して解いていた印象がある。

 

数学できない僕は「なんでこうなるの!?」と問題にキレるばかりで、全然解けなかった。余計なことは考えず、とりあえず公式をあてはめてそのまま解けばよかったんだけど、やたら意地を張っちゃって、「なんでこうなるのか分からん!」と頑固おやじのような態度を取っていた。

 

これって生きづらさと似ているような気がした。

 

うまいこと社会に適応している人は、納得できないような社会のルールにもとりあえず納得して器用に生きていっている。理屈とかはよくわからないけど、とりあえず「そういうもんだ」と割り切って、人生や社会を渡っていっている。そんな気がする。

 

一方で生きづらさを感じている人は、社会や人生の理屈を求めてさまよっているような感じがする。「なんでそうなるのか?」「人生って本来は...」「なんかちがくない?」と納得できないことにたいして答えをもとめてさまよっている。そんな気がする。

 

それだけ。

はたらいてくる

あしたからすこしだけ働くことになった。

 

2年半くらいまえからずっとちょこちょこ働いている派遣バイトだ。いつもは1日だけの日雇い派遣なんだけど、今回は2週間ちょっと、という短期バイトだ。かといって2週間毎日出勤するわけではなくて、その期間中に自分の希望する日に働く、という形だ。僕は計9日間働くことになった。だいたい週3~4くらいのペース。

 

こういう形で一定の期間ばーっと働くというのはほぼ初体験だ。3年前に8日間連続で派遣バイトに行ったことはあるけど、それ以来だ。さらに、いままでやってきたのはずっと倉庫内とか工場での作業だったのだけど、今回はなんとオフィスワークだ。これまた初体験。冷房が効いた部屋で座って仕事ができるなんて夢のようだ。

 

仕事内容は書けないけど、なかなか楽しそうな作業だ。まだわからないけど、おそらくひとりでもくもくと作業する感じだと思うので、職場での人間関係の不安もあんまりないと思う。

 

ひとつ心配というか嫌なのは、通勤ラッシュの時間帯に電車に乗らなければいけないことだ。10時から19時という時間帯で働くので、おそらく通勤・帰宅ラッシュの時間に電車に乗ることになるだろう。それもいつも混雑している路線の電車だ。働くために体力を温存しておきたいのに、通勤するだけで疲れてしまうのは嫌だ。しばらくの辛抱だけど。

 

あしたに備えてもうすぐ寝なければいけない。いますごく緊張しているとか不安を感じているということはあまりない。多少の不安はあるけど、それはあたりまえのことだし、あした行ってみてどんな感じなのかが分かれば解消できる不安なので問題ない。まえの僕だったらもっと不安を感じてビビっていたはずなので、やたらどっしり構えている自分の成長を感じている。

 

ということで、しばらくがんばってきます。

『この女』を読んでひとこと

森絵都さんの長編小説『この女』を読んだ。森さんの小説は大好きで、短編小説があまり好きではなかった僕が短編小説を好きになるきっかけとなった作家さんだ。なので森さんの短編小説ばっかり読んでいたんだけど、ひさしぶりに長編小説を読んでみた。そしてやっぱり森さんの書く小説はすごかった。

 

あらすじを簡単に言うと、

 

舞台は大阪の釜ヶ崎。主人公は25歳の青年。釜ヶ崎というのはスラム街的な場所で、ホームレス同然のおっちゃんたちが毎日その日を生きるために肉体労働に従事する貧困の街。主人公の甲坂礼司はそこで6年前からおっちゃんたちにまみれながら暮らしている。

 

礼司は昔は小説家になりたい、と思っていた。そんな礼司にあるバイトの話が舞い込んでくる。大阪でホテルを展開している会社の社長が「妻を主人公にした小説」を書いてほしい、というのだ。報酬は300万。前金としてさっそく100万円を手渡される。あまりにおいしすぎる話に疑心暗鬼になるも、とりあえずその奥さんと会って取材をしようとするが、その女がなかなか手ごわくてー

 

という話。

 

感想をひとことで言うならば、「すごい」。とにかくすごい。普段なにを考えて生きていたらこんなアイディアが思いつくんだろう?と不思議だ。中盤あたりから一気にストーリーが動く。いままで見えなかった謎が見えてくる。「こういう展開になるのか」と圧倒される。

 

森さんの書く小説はいつもそうだが、「人間って、人生って、なんておもしろいんだ」と思わされる。非現実的な要素はなにもでてこない。アクションとかSFとかそういう空想の世界のものすごいことが起きるわけじゃない。そんな非現実的な世界よりも人間の価値観、人生のほうが何倍も奥深くて、おもしろい、ということを突きつけられるような、そんな小説だ。

 

この小説では社会的弱者が登場する。貧困のなかでその日を必死に生きる人たち。人に言えないなにかを抱えてる人たち。家族に愛されなかった人たち。みんなそれぞれコンプレックスや、弱いところを抱えながら生きている。過去にはいろんなドラマがあって、いろんな人生や価値観がある。そしてどんな人生も、どんな価値観も個性があっておもしろい、ということを感じさせてくれる小説だ。

 

一読の価値あり。

 

おすすめ度 ★★★★★

 

この女 (文春文庫)

この女 (文春文庫)

 

ずっと幸せなんてありえないんだから

こないだ派遣バイトに行ってしんどい作業をしているときにふと思ったことがあって。

 

体力をつかう作業をしていて、とてもしんどいし、腰痛いし、暑いし、でとてもイヤな思いをしていた。はやく終わらないかな。はやく時間進まないかな。はやく休憩にならないかな。と思いながら作業をしていた。そのときの僕は幸か不幸か、でいえば間違いなく不幸だったわけで。

 

でも作業をしながら、「バイトが終わったらなにかおいしいものを食べにいくぞ。そうだな、うどんがいい。うどんを食べよう。」なんて思っていた。それを思っているときはとても幸せだった。この辛い思いをしたあとは、とても楽しいことが待っている、と思うとテンションがあがった。

 

そこでふと思ったんだけど、人はいつでも「幸せ」を求めてるけど、その幸せっていうのは不幸を感じたからこそ感じられるものであって、「つねにずーっと幸せ」な状態になることはたぶん無理なんじゃないか、と。なにも悩みがなく、つねにハッピーで人生最高!みたいな状態を目指しがちだけど、たぶんそれはありえない。不幸とか不自由があるからこそ、幸せとか自由を感じられるから。

 

てことは。ある程度、不幸だったり、いやな思いをしたほうが、その反動として大きな幸せを感じられるということなんだろう。だからたぶん、めちゃくちゃしんどい思いして、めちゃくちゃ不幸を味わえば、そこから抜け出したときに感じる幸せはかなり大きいんだろうと思う。

 

けどそれはそれでいやじゃないか?ハイリスクハイリターンではあるけど、なんだかなあ、と思う。めっちゃ貧乏になったら、たまに食べるカレーライスがめちゃくちゃおいしいだろうけど、あんまり幸と不幸のバランスが取れていない気がする。

 

だからたぶん、「ある程度の不幸」と「ある程度の幸せ」を繰り返す人生がいちばんバランスが取れていて幸せな気がする。その「ある程度」は人によってちがうから、自分で探る必要があるけど。

 

自分が不幸になりすぎないレベルでいやなことにも遭遇しつつ、それに見合うだけの幸せを感じながら生きる。それがすごく健全で人間らしい生き方な気がする。ずっと幸せが続くことはありえないし、反対にずっと不幸が続くこともありえない。いいことがあれば、悪いこともある。そのバランスをどう取るかは自分次第なんじゃないか。

 

なんてことをバイト中に考えておりました。みなさんはどうお考えですか。

ひさびさに働いてきた

昨日、ひさしぶりに派遣バイトに行ってきた。たしか5月に行ったきりだったので、3か月ぶりくらいに働いてきたことになる。いままで2年半くらいおなじ派遣会社でバイトしてきたが、先日あたらしく別の派遣会社に登録して、今回ははじめてその派遣会社を利用してバイトしてきた。

 

とはいっても、昨日行ってきた現場は2年くらい前に働いたことのあるところだった。なので場所も分かっているし、なんとなくやる作業も予想できたので、緊張やプレッシャーはあまりなかった。

 

結論からいえば、いままでいろんな場所でいろんな作業をやってきたけど、なかでも一番しんどかったかもしれない。予想していた作業とはちがって、ちょっとした肉体労働だった。あまりくわしいことは書けないけど、家庭に配布する通販用の冊子の束をずっと運ぶ作業だったのだ。

 

3ヶ月ぶりのバイト、ひさしぶりの肉体労働、ひさしぶりの早起き、ひさしぶりの通勤。いろんなことがひさしぶりで、体力や感覚が鈍っているなかでの肉体労働はとにかくしんどかった。重さ自体はそこまで重くないのだけど、とにかく腰がやられてしまった。

 

もともと僕はすぐに腰が痛くなりやすいタイプなので、9時から18時までずっと腰の痛みとの戦いだった。しかし僕も男なのでプライドはある。これくらいのことでへばってなるものか、と気合いをいれて最後までやりぬいた。まわりから見れば「へろへろの青年」だったかもしれないが、ぼくのなかでのベストを尽くして働いた。

 

体力的にとてもしんどいバイトだったのだけど、精神的にはほとんどダメージを受けなかった。初心者の僕に作業を教えてくれたベテランの派遣さんがいたのだけど、その人はとても優しく、何度かミスをしてしまった僕にも優しく対応してくれた。そして前の僕だったらミスをしてしまったら、そのミスを引きずって落ちこんでいたのだけど、昨日はほとんど引きずることなく、「てへぺろ☆」てな具合にスルーすることができた。

 

それに人と話すことに緊張することもほとんどなかった。あまり会話をする機会はなく、ただひたすら作業をこなすだけなんだけど、それでもちょっとした雑談をする瞬間はあって。そんなときでもとくに緊張することなく平常心でいられたので自分の成長を感じられた。ダンゴムシの会で毎月人と話しているおかげだなと思う。

 

ただべつにコミュ障を克服したわけではない。相変わらず、口数は少ないし、会話もすぐ途切れてしまう。ただ僕のメンタルが落ち着くようになっただけで、コミュ障であることに変わりはない。「しゃべらない自分」を受け入れたので、しゃべりたいと思ったらしゃべるし、しゃべることがないな、と思えばしゃべらない。それだけのことだ。

 

作業している間、いろんなことを考えた。「僕が毎日だらだらしてる間に、ここで汗水流してる人がいたんだなあ」とか、「この作業、もっと効率よくできないのか?ロボットにまかせれば、こんなに腰を痛めなくてすむんじゃないか?」とか、「これって昔、エジプトとかでピラミッド作るために奴隷が働かされてるのとあんまり変わらないんじゃないか?」とか。

 

とにかくいろんなことが頭をよぎりながら、せっせと冊子の束を運び続けていた。細かいことはブログには書ききれなそうなので、後日ラジオでしゃべろうかな、と思う。

 

そんなこんなで、昨日1日だけだけど働いてきた、という話。がんばりました。

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』を読んでひとこと

漫画家・西原理恵子さんの『この世でいちばん大事な「カネ」の話』を読んだ。

 

「働くことが人を人たらしめるんだよ」と、働いて自分でお金を稼ぐことの大切さを説法してくれた本だった。その言葉の背景には、西原さんが経験してきた壮絶な人生がある。それだけに説得力があるというか、重みがあるというか。

 

ただこれを読んで、「そうか、じゃあ働こう!働かなきゃ!」と思えるほど僕の心は動かなかった。頭では理解したし、こういう人生を歩んで、こういう価値観を持った人がいるんだ、という知識を得たこと自体に意味があった。

 

それから、これまであまり「お金」について深く考えたことはなかったけど、いまいちどお金というものに向き合ってみようと思うきっかけになった。さっそくネットで調べて、『20代で知っておきたいお金のこと』という本を読むことにした。まだ手に入れていないのでいつ読むかは分からないけど。

 

西原さんは知識よりも、行動して感じたことを重視する人のようだ。ネットやニュースで見たことはあまり信じず、それよりも実際に自分で行って、見て、聞いて、感じる。それがすごく大切だ、と信じている人のようで。だからきみたちも自分の体にいろんな体験を刻み込みなさい、とメッセージを発している。

 

僕はまったく逆のタイプで、行動より知識を重視したり頼るタイプ。しかし最近では、いまよりすこし行動を大切にしようと思って生きている。でもやっぱり行動することはこわい。だから西原さんのメッセージを素直に聞くことはできなかった。「そうは言うけど、こわいんだよ..!」と反発したくなってしまった。

 

高知県で育った西原さんはそこでおそろしく貧乏な生活をして、いつも「最下位」だったという。勉強もスポーツもなにもかも最下位。そこから上京して、絵を描いて稼ぐことを目標にしたときに、まともにやっても勝てないことはわかっていたから、「最下位の人間には最下位の戦い方がある!」と言って、最下位なりの戦略を立てて、漫画家としての成功をおさめたそう。

 

この「最下位の人間には最下位の戦い方がある」という言葉はすごくかっこいいな、と思った。僕はいまニートで、社会不適合者として生きている。社会におびえて、自分からレールを外れた。僕にはハードルが高すぎると感じた。だから僕は僕で、自分にあったハードルを設定して生きていかないといけないんだ、と。

 

みんなとおなじようにやろうとしても、できないことがたくさんある。けど僕にもできることはある。それをわかったうえで、自分なりの人生戦略を立てて生きていかないといけないんだ、と思った。そしてむしろそのほうが早いんじゃないかと思う。変に社会のレールに合わせようとするよりは。

 

そんな風に思わせてくれた一冊でした。

 

おすすめ度 ★★★★☆

 

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫)

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (角川文庫)

 

 

20代で知っておきたいお金のこと

20代で知っておきたいお金のこと

 

 

ひきこもりと図書館

いまの自分を「ひきこもり」と呼んでいいのかよくわからない。けど世間的にはひきこもり兼ニートなのだろうきっと。社会参加していないし、外出するのも週に2~4回ほどだ。外出といえば、ちょっと近所を散歩したり、買い物に行ったりする程度だ。「完全なひきこもりになってはいけない」という気持ちでいるので、簡単な用事でいいから外に出るようにしている。

 

外出するのはあまり好きではない。いろんな土地を訪れたり、景色を見たりするのはむしろ好きなんだけど、どうしても周囲に人がいるという状況に気疲れしてしまうし、疲れやすいのですぐに家に帰りたくなってしまうのだ。おまけにつねにお金がないので、気軽に喫茶店に入ったりして休むこともできない。たぶん同世代が聞いたらどん引きするほどお金を持っていない。

 

そんななかで、図書館というスポットはすばらしい。僕の外出に対するウィークポイントをすべてカバーしてくれるのがライブラリーという場所だ。それを今日は語りたい。

 

静か

 図書館のいいところ。まずは静かであること。大きめの図書館だとちょっとざわざわしたりするが、人の少ない図書館はほんとに静かで落ち着く。外の世界はいつも人が多くて、落ち着かないけど、図書館はみんな本を読んで自分の世界に入っているので平和だ。

 

座れる

最近は休憩できるベンチを置いている商業施設が多くなってきたが、それでも外出先で座れる場所は少ない。お金を出して喫茶店やファーストフード店などに入らないとゆっくり座れない。そんななか図書館は座れるのでグッジョブだ。いまの時期は冷房も効いていてまさにオアシスだ。僕はすぐに腰が痛くなってしまうので、座れるというのはものすごく大事なポイントだ。

 

無料

とくに説明は不要だ。お金がないとなにもできない現代において無料で利用できるありがたみを感じる。

 

本が読める

あたりまえだけど、図書館に行けば本が読める。最近は本を読むのがめんどくさくなってきた感があるけど、いままでの人生で本を読んで救われたことが何度もあるので、やっぱり読書は大切だと思う。

 

自動的に外出の予定ができる

ひきこもりにとってこの点はすごく大きいと思う。本を借りたらだいたい2週間後までには返さなくてはいけない。つまり2週間以内にまた図書館に行く用事が自動的に発生するのだ。で、返したときにまた新しく本を借りれば、少なくとも2週間に一度は外出するというルーティンが完成する。これはツタヤなどでもおなじで、自動的につぎの外出予定ができるというのはかなりのメリットだと思う。

 

以上が僕にとっての図書館のメリット。

 

恵まれたことに、僕の家から自転車で30分圏内のところに図書館が4つもある。微妙に遠いので行くのがめんどくさいときもあるけど、これだけ図書館があるといろんな本が読める。A館にはないけど、B館にはある本とかが読める。できるだけつねになにかしら本を借りるようにしている。そのおかげで完全にこもりきりにならなくてすんでいる。

 

最近は行ったことのない図書館に行くのがひとつの楽しみになっていて、本は借りないけど訪れた街の図書館に入ってみたりすることも多い。読みたいけど地元の図書館にない本を探したりとか、ただたんに座って休憩したりする。

 

ほんとはもっといろんなところへふらふら出かけたいのだけど、お金がないので図書館にばかり頼っている。言うほど通い詰めてるわけでもないのだけど。やっぱり家が落ち着くので家にばかりいる。外出先では図書館が一番落ち着く、という話。

髪を染めようとしたけどビビッてやめた話

2、3ヶ月くらい前から、「髪染めようかなー」なんて思っていましてね。で、1ヶ月くらい前にドンキホーテで市販のブリーチを買ったんですよ。一応、大学時代に2回くらい染めた経験がありまして。そんなに明るくない茶髪だった時期があります。いまは真っ黒。

 

過去に染めたときはこういうやつを使いました。

GATSBY(ギャツビー) ナチュラルブリーチカラー クリアブラウン 1剤35g 2剤70mL (医薬部外品)

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で、できればまたおんなじやつがいいな、なんて思っていたんですが、ドンキに行くとこの商品は600円くらいする。しかしその隣に400円くらいで売っているブリーチがありまして。「あれ、これでいいんじゃね?」と思いまして、そちらを安易に買ってしまいました。それがこちら。

メンズフレッシュライト メガメガブリーチ 130mL

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で、買ってからよく調べてみると、これは金髪にする用の強力なブリーチらしく。それを知ってビビってしまいました。放置する時間を短くすれば金髪にはならないかもしれないけど、でももしかしたら思っているよりも明るくなってしまうかもしれない...。あまり目立たせたくはないので、それはいやだ、と。

 

それから今日までずっと染めずにいたんです。なんか不安で、後回しにしていました。けどもうやってみようかな、と。せっかく買ったし、無駄にするのはもったいないな、と。一気に塗って、ちょっと明るくなったらすぐ洗い流せば大丈夫だろう、と。

 

で、トライしてみました。ところが、過去に染めたことがあるとはいえ、そのときは友人にやってもらったんです。だから自分でブリーチを髪に塗るのをやったことがなかったんです。塗るのに手こずっていたらどんどん時間が経って、すでに塗った部分が明るくなりすぎてしまうかもしれない...。そんな不安が襲ってきまして。

 

風呂場で塗っていたんですが、なかなかうまく塗れなくて、どんどん焦り。しかも目に液体が入ってしまうと危険だというので、それもさらに焦りを助長させてしまい、軽くパニックになりました。そして。気づいたときには僕は急いで髪を洗っていました。まだ塗り終わっていないのに。まだ液体が半分くらい残っているのに。

 

ちょっとしたパニックに陥り、思わず断念しました。ビビりな自分が情けなく、恥ずかしくなりました。ちなみに髪の色はほとんど変わらなかったです。もしかしたら一部、すこし明るくなっているかもしれませんが、たぶんなにも変わっていないです。

 

この出来事、僕のなかではけっこうショックだったんです。どんだけビビりなんだ、と。どんだけ情けないんだ、と。たかが髪を染めるだけのことなのに、と。これはひとつブログのネタにして、自虐しようと。それでこの一件を処理しようと。そういうことでブログに書きました。

 

ちょっとしたエピソードではありますが、でも自分を褒めたいです。「ナイストライ!」と。1ヶ月くらい先延ばしにしていたことに、思い切って挑戦したことは事実なので。結果うまくはいかなかったけど、いまはポジティブに捉えています。やっぱり髪を染めるときは大学時代に使ったのと同じやつを買って、慣れてる人にやってもらう方がいいと学びました。

 

僕の髪は今日も真っ黒です。

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