生きづらいふ

人生をクリアに、シンプルに、さわやかに。

”生きづらい”の原因は自分か?社会か?

f:id:enpitsu_megane:20140720111140j:plain

 

“生きづらさ”は多様

“生きづらい”の原因ってどこにあるのでしょうか?何が“生きづらい”の原因なのでしょうか?何が私たちを“生きづらく”させるのでしょうか?

おそらくその原因は数えきれないほどあります。少なくとも「これが“生きづらさ”の原因だ!」と、唯一無二のものに特定することはできないと思います。春先の鼻のムズムズの原因は「花粉」だ!と特定できますが、“生きづらさ”の場合はそうはいきません。“生きづらさ”の原因は多様なのです。骨折で例えるとよく分かります。骨が折れたという結果はみな同じですが、それが起きた原因は人によってさまざまです。「サッカーをしていて、相手の足が強く当たって折れた。」「自転車事故を起こして折れた」「タンスの角に足の小指をぶつけた」「ケンカをして相手を殴ったら自分の骨が折れた」などなど、その原因はとても多様です。“生きづらい”も同じです。“生きづらい”という感情を持つことは同じですが、その原因は人の数だけあります。10人が10人とも同じ理由で“生きづらい”というのはあまり考えられません。

 

自分が悪いのか?社会が悪いのか?

しかし、その多様な原因も大きく2つに分けることができます。1つは自分自身、もう1つは社会・環境です。その人自身に問題があってそれが“生きづらさ”を生み出している場合と、その人の生きる社会や環境に問題があってそれが“生きづらい”の原因になっていることがあります。"生きづらい”の原因をこの2種類に分けて考えるととても分かりやすいと思います。しかし、“生きづらさ”の原因をどちらかに分類するとき、それはとても難しい問題になると思います。

たとえば「人付き合いが苦手な性格の人」「いじめられやすい人」「マジメすぎて細かいことが気になってしまう人」「不安を感じやすい人」など日常生活の中でストレスを感じることが多い性格の人がいたとします。この場合の“生きづらさ”の原因は、これらの性格を持つ本人にあるのか、それとも社会にあるのかどちらでしょうか?

おそらく多くの人が、「そういう性格であるその人に問題がある」と考えると思います。この人が日常で感じるストレス、"生きづらさ”は上に挙げたような性格を持つその人自身の問題であると考えるのが一般的なのではないでしょうか。

しかし、こう考えることもできると私は思います。この人が"生きづらい”のは社会や環境に原因があるのではないかと。あるいは、社会・環境が原因とまでは言わないにしても社会・環境が変化すれば、上記のような性格を持つ人の"生きづらさ”は軽減するのではないかと。たとえば発達障害の人の"生きづらさ”を例に考えてみます。発達障害は一見、普通の人に見えますがちょっとした能力が欠けているために社会生活に支障が出ることがあります。そのため発達障害を知らない人たちは発達障害の人たちのことを理解できずに、「なんか変な人」と認識します。そういった周囲からの視線によって発達障害の人が"生きづらさ”を感じることは少なくありません。しかし、健常者たちが発達障害のことをよく理解し、その存在を受け入れることができれば状況は変わるはずです。発達障害の人たちがそれまで感じていた周囲から受けていた異質なものを見るような視線からは解放されます。そして健常な人たちと同じ存在価値を認められれば、発達障害であることが一つのアイデンティティとして受け入れられ、以前より自信を持って生きることができるはずです。

この考え方は社会福祉の社会モデルという考え方に基づいています。障害者が社会の障壁にぶち当たるのは、社会が健常者を中心に作られたものであり、そこに問題があるとする考え方です。

他者から受け入れがたい性格・障害を持つ人の"生きづらさ”の原因はその人自身にあるという見方も理解できますが、周囲の環境にも原因があると見ることも可能なのではないかと説明してきました。

しかし、「そうは言ってもやはり性格は自分自身の問題なのではないか」「自分の性格を社会のせいにするのは傲慢なんじゃないか」「自分の性格を直そうともしないのはおかしい」といった考え方もできます。上の例の発達障害であれば、きちんと障害と認められているものなので、ある程度社会に問題があると言うことは妥当だと言えます。でも単なる性格の場合、それはやはり自分自身のせいなのか、どこまで社会のせいにしていいのか。とても難しい問題だと思います。"生きづらい”人たちにもっと優しい社会であってほしいと願う一方で、それは自分を改善することを怠るための問題のなすりつけなのではないかと葛藤してしまいます。心のどこかで自分が悪いんだと感じつつも、いや自分を受け入れない社会が悪いんだと社会のせいにしたがっている自分がいるんです。私の今の思いとしては、確かに"生きづらさ”を感じる原因は自分自身にもあると認めています。しかし、少なからず社会にも何か問題はあると考えています。その問題を改善することで日本に蔓延している"生きづらさ”は確実に軽減すると信じています。今後は"生きづらさ”の原因は自分自身にあるとした見方と、社会にあるとした見方の両方の視点から"生きづらさ”について考えたことを書いていきたいと思っています。

 

今回は"生きづらい”の原因についてとそれに関する葛藤の話をしました。何か意見や感想がありましたらコメントください。

© 2014 enpitsu