生きづらいふ

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人見知りの僕は小学生のときから人前が苦手だった

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僕は小さいころから人見知りだった。

 

ただそうは言っても、小学校や中学校のころはそれなりに友達もいたし、それなりにみんなと仲良く遊んだりした。

 

今のようにほとんど人と話せなくなってしまったのは高校3年生になってからだ。高校3年生に何があったかについてはいつか書きたいと思っているが、そんなに大したことでもないくせに長くなりそうだからしばらく敬遠しておく。

 

小学校・中学校のころは、まだ「人見知り」レベルで収まっていたと思う。

 

でも思い出してみると、小学校6年生のときに人見知りに関する苦い思い出があった。

 

 小学校6年のときに、展覧会という学校行事があった。6年生の間に、図工や家庭科の授業で作ったいろんな作品を体育館や廊下に展示するという行事だ。

 

この展覧会にはもちろん保護者の方も来ることができて、生徒たちの作品を見れる。そして、僕たち生徒には観覧に来てくれた保護者たちに作品の説明をするという任務が課せられていた。

 

僕たち生徒にはバイトのシフトのようなものが組まれ、決められた時間内は体育館に行って、担当の作品の前に立たなければならない。そして、保護者の方が来たら、その作品に関して口頭で説明しなければならなかった。

 

「この作品は、○○の授業で作りました。~を作るときに××のところを工夫しました。それから~~なんたらうんたら。」などと、30秒だったか1分だったか忘れたが、それなりの量を喋らなくてはならなかった。

 

喋る内容は、事前に自分で考え、暗記させられていた。展覧会の前日には家で何度も復唱したのを覚えている。暗記は得意だったからすぐ覚えられた。

 

そして、展覧会当日。僕は割り振られた時間に体育館に向かった。自分の担当する作品の前に立ち、保護者の方たちが見にくるのを待った。

 

何人かの保護者が来場し、うろうろ体育館を周りはじめた。頭の中では、そのときに備えて、必死に暗記したセリフを繰り返していた。

 

そして、ポツポツと僕の担当する作品の近くに保護者がやってきた。そろそろ僕の出番だ。僕の暗記力を見せ付けるときがきた!(主旨が違うけど)

 

が、知らない大人たちを前にして僕は声を出すことができなかった。年齢層はだいたい僕の母親と同じだ。みんな優しそうなお母さんたちだ。でも、それでも僕は口を開くことができなかった。

 

いざ喋ろうとすると、緊張してしまって声が出せなくなってしまった。ただただモジモジしながら作品の前に突っ立っているばかりだった。他の作品を担当している友達たちは、意気揚々と覚えてきたセリフを保護者たちに話している。

 

僕にはまだチャンスはあった。まだパラパラと観覧に来ている人たちはいる。次、回ってきた人にはちゃんと説明をしよう。そうだ、次こそ!

 

が、やっぱり喋れなかった。知らない人に愛想よく「この作品は~」なんていい出せなかった。もちろん、保護者の方たちは僕たちが作品の説明をすることは知っていただろうから、僕が突然話しかけても不思議に思うことはないはずだ。

 

それでも緊張してしまって喋れなかった。結局、僕はせっかく覚えたセリフを一度も披露することなく展覧会を終えた。

 

僕は15分~20分ほど、作品の前にただただ突っ立っていただけだった。それだけで僕の展覧会は終わった。小学校6年生の僕にとって最後の学校行事。ただ立っていただけで終わってしまった。なんとも苦い思い出だ。

 

あの頃から僕は人前で喋れなかったのだなあ。今でも、授業中に人前で発言したりするのは苦手だ。12歳の僕と21歳の僕。たいして変わっていないみたいだ。むしろ悪化した?

 

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