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生きづらいふ

人生をクリアに、シンプルに、さわやかに。

異常に不安を感じやすい性格は生きづらい

生きづらさ

僕は人よりも不安や恐怖を感じやすいみたいだ。

 

何かいつものと違ったことをしようとするとき、とても不安を感じる。そして、できることならやりたくない、と思う。

 

僕が不安や恐怖を感じるのは、新しい人と出会うとき・新しい場所に行くとき・新しい集団に所属するとき、などなど。こういう状況では、誰もが不安を感じると思う。だけど僕はたいていの場合、こういう状況をできるだけ避けようとまでしてしまう。

 

こうやって書き出してみると、僕は何かしら人と接触するときに不安を感じるみたいだ。新しい人と出会うというのはまさに人との接触だし、新しい場所に行くというのもたいていの場合、そこには初めて出会う人がいるということになる。新しい集団への所属だって、初めての人たちと出会い、さらにはその人たちと定期的に交流しなければいけなくなる。

 

僕はこういった場面で、異常に不安と恐怖を感じる。そして、その機会を避けれるのであれば極力避けてしまう。たとえば、とあるお店でとある商品を探していたとしても、店員さんに聞くことはせず、自力でなんとか探そうとする、とかだ。

 

以前、大学の授業で、自分がどれだけ不安を感じるのかを調べる心理検査を受けたことがある。紙に質問事項が書いてあって、「まったくあてはまらない~よくあてはまる」の5段階で回答する、といった形式の質問紙だ。

 

その心理検査の結果、僕はとんでもなく不安を感じる度数が高かった。くわしい数値などは忘れてしまったが、たとえば個人が感じる不安量を0~100の数値で表した場合、80とか90くらい不安を感じる、といった具合の結果になった。(あくまで例えであって、実際の心理検査の結果はまったく違う算出方法だったはず)

 

かなりうろ覚えの結果だが、とにかく僕は異常に不安を感じるということが分かった。たしか僕の数値だと神経症の疑いがあると先生が言っていた。神経症は、分かりやすく言うなら、神経質な性格が病的な状態にまでレベルアップしたという感じ。

 

 

 なぜ僕がこんなに不安を感じやすいのかは分からない。遺伝なのか、生得的な性格なのか。それとも病気なのか。

 

いずれにせよ、この不安を感じやすい性質はとても生きづらい。何をするにしても不安が付きまとうので、すべてのことが億劫になってしまう。

 

不安をまったく感じずに生きるとするならば、きっと僕は家に引きこもることを選ぶほかない。もっとも安全な場所に閉じこもるしか不安を感じない方法はないと思う。

 

だが、そんなわけにはいかない。だから、ある程度不安とうまく付き合って生活していくしかないわけだ。ただ、そのうまく付き合うということがとても難しい。

 

不安や緊張・恐怖を感じる場面を僕はよく避けようとするのだが、それはそれでその状況から「逃げた」という罪悪感を感じてしまう。「逃げる」というのはとても良くない選択肢だと感じてしまう。

 

「逃げた」僕はどうしようもない臆病者なんだ。「逃げた」僕は辛いことに立ち向かえないダメなやつなんだ。と自分を責めてしまう。この自己嫌悪は、もしかしたら不安と闘うよりも辛いかもしれない。

 

異常なほどの不安。それから逃避したことへの罪悪感。そして自己嫌悪。

 

どんな行動を選択したとしても、心にダメージを食らってしまう。八方塞がりだ。いったいどうしたらいいんだろう。頭を悩ませるばかりだ。

 

なかなか突破口が見出せないでいるが、最近は「不安」を解消するように努力していこうか、と思っている。具体的にどんなことをしたらいいのか分からないが、対人恐怖症や社交不安障害の治療をするようなつもりで、あせらずゆっくりと自分が感じる不安と向き合っていこうかなと思っている。

 

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