生きづらいふ

人生をクリアに、シンプルに、さわやかに。

超平和で安定した人生と、適度に不自由で不安定な人生、どっちが幸せか?

なんだかんだいって、最近は現状に満足している。

 

とくに大きな悩みもないし、生きづらさもあんまりないし、病んでもいない。生活がとても安定しているし、さほどストレスも感じない。なにかに焦ることもなければ、向上心も湧いてこない。脳がフル回転することもなく、思考停止している。

 

幸せそうでいいじゃん、って話なのだが、実際このまま現状維持しているわけにもいかない。このままのらりくらりと大学卒業しても、そのあとどうする?ってことになる。このままではニートになる気しかしない。

 

超平和ボケ状態になっている。「ま、平気じゃん?」とお気楽な気分でいる。ちょっとまずいよね。生きづらさから脱出したくて、したくてしょうがなかったけど、いざ抜け出したらこれだよ。

 

人間って安定しすぎたり、平和すぎるよりは、ある程度、不自由で不安定な環境にいたほうがいいのかもね。そこから抜け出そうとがんばるし、頭も使う。どっちが幸せなのかわからないけど。

 

超平和ボケ人間と、適度に不自由で不安定な人間。どっちが幸せなんだろうね。人生、充実してるのは確実に後者だろうな。前者は、感情の起伏がおとなしい気がする。ずっと平和だから喜怒哀楽のふり幅が少ない。

 

不自由で不安定な方は、楽しいときは楽しい、悲しいときは悲しい、と感情を目いっぱい使って生きている感じがする。すっごい人間らしい生き方な気がする。なにか問題を解決しようと頑張るから、生産的・建設的に思考、行動できるだろうし。

 

幸せの定義は人それぞれだから、どっちが、という正解はないだろうけど、僕はある程度不自由で、不安定なほうが人生充実するだろうし、楽しいんじゃないかな、と思う。超平和ボケ人間はね、「楽しい」、というより、「楽」な生き方になると思う。同じ漢字でも意味がまた変わってくる。

 

そんなわけで、いま超平和ボケ的な生き方をしている僕は、ある程度不自由で不安定な環境に身を置いたほうがいいというわけ。たとえば、実家を出て一人暮らしをする、とか。そのためにはアルバイトをしないといけないから、不自由で不安定な生活になる。

 

あとは、今あるなにかを削ってみるとかかな。今の生活ですべてが完結しているのだから、そこからなにかを取り除いてみる。たとえば、パソコンやスマホなし生活にしてみるとか。あるいは、母親なし生活とか。実家にいながら、親の世話にならずに生活してみるのもいいかもしれない。

 

誰もが平和で安定した生活に憧れているだろうけど、これはこれで人生つまらない。ある程度、大変なことや辛いことがあったほうが、その分、楽しさや自由の価値が上がるし、人生も充実するだろう。ま、結局無いものねだりなんだろうけど。

 

幸せの日本論 日本人という謎を解く (角川新書)

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