生きづらいふ

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「個人プレー」を大切にしたい僕と、「チームプレー」を大切にしたい企業

僕は小さいころから、個人プレーが好きだ。「一人で」「自分で」というのが好きで、なにをするにも、個人プレーを貫いてきた。中学時代はテニス部に入っていたが、僕はシングルス専門(?)で、ダブルスはほとんどやったことがなかった。小学校6年間+高校3年間はずっと器械体操をやっていたが、これなんてまさに個人プレーのスポーツ。

 

とにかく、なんでも一人でやらせてくれ。そういう子どもだったし、今もそうだ。わがままで、自分のペースを崩されるのが許せないのだ。自分の行動を、他者にコントロールされたり、邪魔されたり、乱されたりするのが我慢できない。

 

しかし、こういう性格はなにも珍しいことではないと思う。集団でやるよりも、個人でやりたい、という人はそう少なくないと思う。集団主義というよりは、個人主義的だという人もきっといるだろう。「個」を大切にすることは、なにも異端なわけではなく、あくまでひとつの個性だと言える。

 

だが、最近就活をしていて(言うほどしてないけど)思うのは、「個人プレーが許されない」ということ。とにかく「チームプレー」を重視するという声をよく耳にする。「みんなと」「みんなで」というワードがあちこちに溢れる。そこに僕は違和感というか、居づらさ、みたいなものを感じる。

 

企業という組織で働く以上、「チームプレー」が必須なのは当然のことだ。それは理解している。同じ目標、同じゴールに向かって、「みんなで」協力しあいながら、進んでいく。企業が「チームプレー」を重視するのは当然だし、それができる人材を求めるのも当たり前のことだ。

 

「個」を大切にしたい僕と、「みんなで」を大切にしたい企業。お互いに求めているものが違う。だから、もしかしたら僕は就職に向いていないのかもしれない。そういう可能性もある。得意不得意、向き不向きという話。

 

それじゃだめなんだろうか。なんだか僕には「就職」というものが、決して逃げてはならない関門のようなものに思えるのだけど、単純に向き不向きの問題で考えてはいけないのだろうか。みんなどんどん高速道路に入っていくけど、僕は僕で一般道を走ってはいけないのだろうか。

 

「じゃ、就職しないでどうすんだ」っていう話なんだが。

 

自分をいかして生きる (ちくま文庫)

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