生きづらいふ

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父親は怖かった、だってあの暴力は理不尽だもん

これまでの人生のなかで、両親との思い出はもちろんいくつかあるが、もっとも印象的なのはきっとあれだ。それは「思い出」というよりは、「事件」なんだけど。

 

あれは僕が何歳のころだったか。たぶん小学3、4年生だったと思う。僕は4つ下の弟と7つ下の弟、そして両親と一緒にとある場所に遊びに来ていた。それは「宇宙」をテーマにした特別なイベントみたいなものだった。簡易的なプラネタリウムがあったり、展示物があったりしたのを覚えている。

 

宇宙が好きな父に連れられて、僕たち家族はその宇宙イベントに足を運んだ。会場に着くと、いきなり子どもたちの列が見えた。そこはイベント会場の入り口で行われていた、記念写真の列だった。子どもたちが「宇宙服」を着て、記念写真を撮れますよ、というものだった。

 

僕たち3兄弟は、あまりその記念写真に興味を示さなかった。僕たち兄弟はみんな、人見知りで目立ちたくないタイプのため、人前で写真を撮られたくなかったのだ。しかし、そんなのおかまいなしの父は、半分無理やり僕たちをその列に並ばせた。僕たちはなにも抵抗できず、黙って並んだ。

 

ただ、僕の4つ下の次男は途中で列を抜け出し、列の外で待っていた母のもとへ逃げた。次男は頑固で、イヤなものはイヤだ、とはねつけるタイプだった。これまでにも似たような行動を何度か取ってきた。

 

これを見た父は機嫌を損ねてしまった。次男を無理やり列に戻そうとした。だが、次男は決して妥協する性格ではないため、意地でも戻らない。母も次男をかばおうとする。なぜそんなに記念写真にこだわったのか分からないが、父はそこでキレた。次男をかなりの勢いで蹴り飛ばした。そこそこたくさんの人がいる前で。

 

さすがにこれには母もぶち切れて、ちょっとした喧嘩になった。結局、機嫌を悪くした父は帰る、と言い、立ち去った。ちょうど次男が蹴り飛ばされたころに、写真を撮り終えてみんなのもとに戻ってきた僕と三男はただただおびえていた。僕たち2人は、あのまま列に並び、宇宙服の写真を着て、係のお姉さんに写真を撮ってもらっていた。2人ともびっくりするくらい無表情で。

 

父が帰ったあと、残った僕たち4人はイベント会場へ入った。なかの記憶はほとんどないが、ちょっと大きめのテントのなかにあるプラネタリウムを見た記憶だけはある。最初は、恐怖から4人ともあまり楽しめていなかったが、時間が経つごとに少しずつ緊張が解けていった。

 

夜、家に帰ると、父がリビングでビールを飲んでいた。僕たち4人は恐る恐る玄関を上がり、父の顔色をうかがった。もうキレている様子はなく、かといってご機嫌というわけでもなかった。なるべく父を避けて、その日は静かに就寝した。

 

今からもう10年くらい前の出来事だ。うろ覚えなところもあるが、強烈な思い出だ。後にも先にも、これ以上の事件はなかったと思う。父は怖い、父は嫌い。この思いによって、母と僕たち兄弟は結束を固め、対立(?)を深めていった。父に決して心を開かなくなり、寄せ付けなくなっていった。

 

それにしても、あの写真は今も残っているんだろうか。とびきりの無表情で写っているあの写真はどこにあるんだろう。

 

父という病 (一般書)

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