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生きづらいふ

人生をクリアに、シンプルに、さわやかに。

「自分は存在していい」という感覚がない

自己愛性パーソナリティ障害。自分は特別な存在だとし、肥大した自己意識を持つ。一見、ナルシストのような自分大好き人間に見えるが、その背景には強烈な劣等感を持っており、その裏返しとして他者からの評価を求め続ける。

 

ACだとか、真面目系クズだとか、愛着障害だとか、いろいろ当てはまるものはあるけど、この自己愛性パーソナリティ障害もだいぶ当てはまっている。というか、これこそ僕が4年間、悩んできた元凶のような気さえする。

 

自己愛性人格障害者の人は生きるのに非常に苦労する。 

自分の精神的な安定に「周囲の他者の言葉や行動が自分を否定しない」ということを必要とするため、普通に生活することが非常に困難で、日々の生活に他の人には想像も出来ないようなエネルギーを必要とする。その結果引きこもりになることも多い。

http://www.geocities.jp/yanbaru5555/jikoai.htmより引用

 

基本的に「自分は存在していい」という感覚を持っていないため、他者からの承認・評価がないと生きていけない。他者から認められることでやっと「生きていい」と思える。だから、他者から否定されてしまったときはとてつもないストレスを感じることになる。

 

正直、このブログだって他者から評価されるためにやっているといっても過言ではない。もちろんそれだけじゃないけど、1年以上もブログを続けられている要因として、読者から評価を得られるというのは大きい。

 

こないだも言ったけど、おそらく僕は重度の自己愛性パーソナリティ障害ではない。そこがまだ救いだ。重度だと、ほんとに周囲の人を振り回してしまう。自分が評価されるために平気で人を利用する。自己愛性パーソナリティ障害の被害者向けの本も多く出版されているくらいだ。

 

ただ健常な人よりも、強烈な不安感や劣等感がある。「自分は存在してもいい」という感覚を幼少期に養うことができなかった。母親にはいつも鬱陶しがられていた。思い返してみれば、小さいころからみんなに、「すごいね」「えらいね」と言ってもらうために生きてきた気もする。

 

中学生あたりまでは、友達にも恵まれ、「自分はみんなに好かれているし、認められている」という感覚があった。けど高校以降、その感覚がなくなりはじめると、「生きづらさ」を感じるようになった。ひどく落ち込み、自己嫌悪しはじめた。人がこわくなり、人から評価される場面を避けるようになった。

 

なんだか自分が可哀想にも思えるし、哀れにも思える。

 

自己愛性パーソナリティ障害のことがよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)

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