生きづらいふ

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現代人の心は原始時代の環境に適応したまま

大学の講義でおもしろい話を聞いた。

 

単刀直入にいうと、「現代人の心は、旧石器時代の環境に適応している」のだそうだ。これはジョン・ボウルビィという発達心理学者、精神科医が言った、進化的適応環境という説らしい。

 

旧石器時代の環境とはどんな環境なのか、具体的に挙げると、

・ずっと寒い

・狩猟採集生活

・血のつながりのある100人程度の集団での生活

・男は狩猟、女は採集、という性的分業

こういった環境に人間は旧石器時代からずーっと現代まで適応したまま、ということらしい。

 

ま、この説がどれほど信憑性のあるものなのかは分からないし、そもそも僕が講義で聞いたのはすごくざっくりとした話だろうから、あまり鵜呑みにしてはいけない話かもしれない。ぐぐって調べてみても、あまり詳しい情報が載ってないので、そんなに有名な理論でもないんだろう。

 

でもこの話、すごくおもしろい。

 

ここからはただの僕の妄想なんだけど、そろそろ人間はいまの社会や文化について行けなくなってきてるんじゃないか、って思っている。たいして根拠や理由があって言っているわけじゃないし、むしろ僕の希望的観測なんだけど。

 

なんていうか、もういまの社会のスピードとかに追いつけなくて脱落する人がどんどん出てくるんじゃないかなって思う。そういう人たちが増えていって、新しい生き方や社会を作っていくのかもしれない。

 

実際、そういう人たちが頭角を現してきている。有名なニートのphaさんの生き方だってその一例かもしれないし、去年なにかと話題になったミニマリストだってそうかもしれない。

 

最初に書いたように、人間の心は原子時代のころから変わっちゃいない。なのに、これだけのスピードで社会が変化していって、どんどんどんどん忙しくなっていったら、そりゃ付いていけない人たちが出てくるのも無理はないと思う。

 

お金を稼いで、消費して、また稼いで、消費して、という繰り返しに嫌気がさして、ちょっと自給自足の暮らしに魅力を感じる人たちも増えるかもしれない。そして、大昔の暮らしのいいとこをチョイスして、現代の便利な暮らしとあわせてちょうどいいレベルの暮らし方っていうのがどんどん流行るかもしれない。

 

流行、ブームは繰り返すともいうし、生き方、暮らし方の再流行が起きてもおかしくはないと思う。いまよりは不便だけど、ゆったりと満足した暮らしができる、ってことに魅力を感じる人がちらほら出てきて、そういう生き方が世間一般に浸透していったら、なかなか生きやすい社会になる気がする。

 

 この本は読んだわけじゃないけど、アマゾンでたまたま見つけた。おもしろそう。

生きづらさはどこから来るか―進化心理学で考える (ちくまプリマー新書)

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