生きづらいふ

人生をクリアに、シンプルに、さわやかに。

自意識過剰がだんだん治ってきた

最近、自意識過剰がまえよりだいぶ治ってきてるな、と実感している。まえはほんと病的なレベルだったんだけど、最近は自分でも驚くくらい改善してきている。

 

たとえば、まえは街なかとか電車のなかでスマホを落としてしまったりしたら、ものすごく恥ずかしい思いをしていた。スマホが落ちる音がした瞬間、周囲の人がいっせいにこっちを見ていると思うと、めちゃくちゃ恥ずかしくなって、テンパって、まさに穴があったら入りたいような思いをしていた。

 

けど、いまはそういう状況になってもわりと平然としていられるようになった。まさに昨日、信号待ちをしているときにポケットからスマホを取り出そうとして、手がすべって落としてしまった。一瞬だけ、テンパった自分がいたけど、それは一瞬だけで、冷静にゆっくりとスマホを拾いなおすことができた。

 

はたから見ればなんてことないできごとだと思うんだけど、僕の内面的にはかなりの変化だ。まえはほんとにしばらく動悸がして、「ああ、どうしようどうしよう、こわいこわい、おちつけおちつけ...」って心のなかで必死につぶやいていたし、もしかしたら赤面していたかもしれない。

 

 

とはいっても、自意識過剰を治すためになにかやったわけではない。自然と緩和していったという感じ。ひとつ思い当たることがあるとすれば、認知のズレや思考のクセを修正する習慣をつけたことだろうか。

 

まえの僕だったら、「スマホを落とした」→「みんなが見る」→「スマホを落としたやつがいる、と思われる」→「見下される」みたいな認知・思考をしていたんだけど、それは冷静に考えればおかしいわけで。周囲のひとからみれば、ただ「スマホを落とした人がいる」、ただそれだけでしかない。しかも、わざと落としたわけじゃない。だから、僕はなにもおかしなことはしていないし、見下されたり、変な人だと思われる理由はどこにもない。

 

そういう風に以前は、被害妄想的な認知・思考をしていたのを健全な考え方に修正していくクセをつけるようにしたことが改善につながってきたんじゃないのかなと思っている。そのおかげでいろんな場面で生きやすくなってきている。まえは周囲の目を気にしすぎて、いろんなことができなかった。ひどい時期は電車のなかでイヤホンをして音楽を聴くことすらできなかった。(あんなやつがイヤホンで音楽なんか聞きやがって)とか思われていそうでこわかったから。

 

認知のズレとか思考のクセを修正することはとても有効で、大事だと思う。僕は本を読んだり、ワークブックを使ったりしているわけではなくて、いつも自分の頭のなかで冷静に考える練習をしているだけ。けどまえに、うつ病に関する本を読んだときに、認知療法についてすこし知識を得た。それのおかげもある気がしている。その本は過去記事で取り上げたことがある。

 

いろんな精神障害に当てはまる気もするし、当てはまらないような気もする

 

はじめての認知療法 (講談社現代新書)

はじめての認知療法 (講談社現代新書)

 

© 2014 enpitsu