生きづらいふ

人生をクリアに、シンプルに、さわやかに。

失恋と大学受験が僕の生きづらさを生んだ

いま思えば、失恋と大学受験の2つが僕の生きづらさを生みだしたのかもしれません。ちょっと簡単にその2つを振りかえってみます。時系列でいうと、まず大学受験が先なので、そちらから。

 

僕は塾にいかずに、独学で大学受験することにしました。周囲はほとんど塾へ行っていたのですが。人に教えられることが好きじゃなかったのと、塾へ行くのがめんどくさかったのと、なんとなく独学で勉強することに憧れていたというのがその理由でした。

 

けど、まあやっぱり勉強しませんでした。家じゃ全然集中できませんでした。たまに1日8時間勉強したりするんですけど、続きませんでした。やたらとネットで勉強法を調べたりすることに時間を費やしてました。あといい参考書とかを調べたり。

 

学校にいくと、みんな受験の話をするわけですよ。するとみんな毎日のように勉強してる。すごいがんばってる。そんな自分と周囲を比べてしまって、「なんてダメなやつなんだ」と落ち込んでました。ちょうど高3の6月に、とあるできごとがあって、すぐ他人と比較して、自己嫌悪するクセがついていた時期でした。

 

*とあるできごと

 

受験本番が近づくごとに、「全然勉強しないダメな自分」を責める気持ちは強くなっていきました。そんなに自己嫌悪するなら、勉強すればいいのに、と思うんですがなかなか勉強する気になりませんでした。

 

ただ、いま思えば、あのときは自分にたいして、すごく高いハードルを課していただけな気がします。あのころは、毎日7~9時間勉強してこそ立派な受験生だ、と思っていたので、それが全然できていない僕はダメな受験生だ、と思い込んでいたのかな思います。

 

いつか自分に火がついて、必死に勉強するときがやってくると期待していましたが、結局そんな日はやってきませんでした。受験がおわる最後まで中途半端な気持ちで勉強していました。それなのに、運よく第一志望の大学にあっさり受かってしまうものだから、僕はいまでも「なんとかなるだろ」という楽観的な姿勢で生きているのです。

 

クラスメイトたちも受験が終わって、「どこどこに受かったー」という話をちらほら聴くようになりました。するとみんな名の知れた大学に受かっていて、驚きました。いわゆるMARCHと言われる大学に受かった人多数、小学校からの友だちは早稲田に受かったと聞いて、いつのまにそんな遠い存在になってしまったんだと寂しかったです。

 

僕はそこまで学歴にこだわりはないつもりでしたが、いま思えばこの時、学歴コンプレックスを感じていたのかなと。全然、勉強しなかった自分。必死に勉強していた周囲。そこそこの大学に受かった自分。有名な大学に受かった周囲。一生懸命、努力して結果を手に入れたクラスメイトたちが立派にみえて、たいして努力もせずに、運よく合格しただけの自分は劣等感を感じていました。

 

高校時代の友だちとは、いまはまったく連絡を取っていません。大学生になったばかりのころは連絡が来ていたんですが、僕がすべて無視をしていました。しだいに連絡がこなくなりました。それは次に書く失恋の話とも絡んできます。が、ちょっと長くなってしまったので、また次回に回します。またあした。

© 2014 enpitsu