生きづらいふ

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ダンゴムシの会を卒業した

こないだのダンゴムシの会が個人的に最後の参加だった。卒業だなんてちょっとおこがましいけど、ほかに表現が見つからないので一応「卒業」ということにしておく。自分の生きづらさがひと段落したことと、4月から心機一転してがんばりたいという理由から3月をもっての卒業を決めていた。

 

会の中身については、ダンゴムシのブログのほうで告知担当のつっきーさんがレポートを書いてくれているので気になる方はそちらをどうぞ。

第21回ダンゴムシの会レポート(2017/03/26) - 石の裏のダンゴムシ

 

基本的にはいつもと変わらず、いろんな方と話をしてきた。4月から就職することが決まったので、仕事の話をたくさんした。働いている参加者さんからいろいろアドバイスを聴いたりできて有意義な会話ができた。

 

ぼく自身が就職できたこともうれしかったけど、もうひとり参加者で最近就職した人がいて、それもうれしかったし、びっくりした。だいぶ長い付き合いの人で、ずっといっしょに「いかに働きたくないか」を語ってきたような人だったので、おなじようなタイミングで就職が決まって、お互い進みはじめてるなあ、と。

 

それだけじゃなく、ほかにも「働く」ことに向けて前進しはじめた人が何人かいて、みんな変わりはじめてるなあ、と。すこしずつすこしずつ自分の人生をいい方向にもっていこうと動きはじめてる人が増えてきていて、ダンゴムシの会のなかでいい相乗効果というか、連鎖反応というか。そういうものが生まれているような感じがある。

 

会で「働こう!」みたいな働きかけをしてるわけではまったくない。むしろ「働きたくない」「働くのがこわい」という気持ちをいつでも言えるような雰囲気がつねにあるし、それがダンゴムシのいいところのひとつだ。だけど、すこしずつ「働く」ことに前向きになった人がちらほら出てきたことで、自然と「自分もがんばろう」と思う人が出てきて、いい連鎖が生まれてきてるんじゃないだろうか。

 

で、ちょっと話もどりまして。

 

会のさいごに、なぜかみんながぞろぞろ整列しはじめたかと思ったら、ぼくだけはじっこに立たされて。なんだなんだ、と疑心暗鬼になっていたら、「みんなで色紙を書きました」と、サプライズをしていただきまして。「どうやって?いつ書いたの?」とびっくりしながら、渡された色紙を見てみたら、手書きではなくパソコンで入力された色紙になっていた。なんでもそういうサービスがあるんだそうで。

 

いままで参加した人のなかで、ダンゴムシのLINEグループに入っている人に呼びかけて、20人もの人からのメッセージが書かれていた。毎月参加していてだいぶ仲よくなった人たちや、かなり久しく会っていない人たちまで。いろんな人からのメッセージがあって、「いま読んだら泣く」と思ったので、その場では読まずにあとでじっくり読むことにした。そのあと、その色紙といっしょにみんなで記念撮影をした。

 

そのあとは恒例のサイゼ2次会をやり、今回はさらに3次会まで。3次会で色紙をじっくり読ませてもらったのだけど、なんとか泣くことは避けた。けど、かなりグッときたし、もしお酒を呑んでいたら確実に泣いていたと思う。

 

終電間際の時間帯に帰ったのだけど、4人で駅に向かい、そのうち2人がちがう路線や反対方向の電車に乗り、最後は僕とPさんの2人になった。Pさんはもともとぼくがダンゴムシの会をつくるきっかけを与えてくれた人だ。2年ほどまえに、Pさんがこのブログを読んでぼくに連絡をくれて、そこから付き合いがはじまりダンゴムシの会をつくるに至った。ぼくにとって最後のダンゴムシ、その帰りにPさんと2人になるとはなかなかドラマチックじゃないか、と勝手に思いながら、途中の駅で別れ、家路についた。

 

かれこれ21回参加してきたダンゴムシを卒業した。全部で何人と会ってきたのだろうか。40人くらいだろうか。すべていい人たちだった。みんなのおかげで、人と関わることの楽しさを思い出すことができた。人と関わるのがこわくてたまらなくて、とにかく「ひとりで生きていきたい」と思っていたころがウソのようだ。

 

あさってからはついに社会人生活がスタートする。今度はまた新しい人間関係がはじまる。たくさん不安はある。けど、ダンゴムシでいろんな人と関わってきた自分、そしてダンゴムシを起ち上げて運営してきた自分。そんな自分に自信をもってがんばりたい。それに、ぼくは昔から人間関係には恵まれているので、きっとつぎもいい人たちに囲まれるはずだ。

 

ありがとう、ダンゴムシのみんな。