生きづらいふ

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行動したくない、努力したくないという人に必要な考え方

僕は高校3年の夏からずいぶんと長い間、自分の性格について悩み続けてきた。

 

この長い期間、僕は寝ても覚めても頭のなかで性格に関する悩みをこねくり回していた。頭のなかで「ああでもないこうでもない」とぐるぐるぐるぐる悩みが回っていた。

 

だけど、そんなことをするのはもうおしまいだ。僕は一人暮らしをはじめるために行動する。頭のなかで悶々とするのはもうやめて、実際に行動を起こすときがきたんだ。

 

だけどこれまでに、自分を変えるために何度か行動に移してきたが続かなかった、途中で投げ出した、という過去がある。僕は行動するということが激しく苦手なのだった。

 

昨日、そんな行動嫌いな僕にとって有益な情報を2つも見つけた。

 

まず1つがこちらのブログ。

 

「素直にならなきゃ...」「素直になろう!」と、真面目に考えるあまり、人の意見をあれもこれもと何でも聞いて、取り入れてしまう人がいます。そうすると、どうなってしまうのか。誰を、何を信じていいかわからなくなり、その結果として迷いが生じ、「行動ができなくなる状態」になったりします。そればかりか、自分で考えるという思考も停止してしまう。

 

 これはたしかにある。「とにかくこの状態から脱したい」という強い思いから、「じゃあどうすればいいのか、なにをすればいいのか」を求める。僕はそれをネット、あるいは本から見つけようとした。

 

で、いろんなところからいろんな情報を得た。でも、結局それを実行するには至らなかった。やっても長続きしなかった。ただそこに書いてあるとおりにやろうとして、自分で考えるということもしていなかった。

 

大切なのは、意見やアドバイスを素直に聞きつつ、行動を躊躇していないかを常に意識すること。行動できていないときは、きっと意見やアドバイスを聞く人(あるいはその人数)、取り入れ方が間違っています。「意見を聞く→行動量が増える」がひとつの物差しになります。 

 

ここの部分が目からウロコだった。アドバイスを取り入れるも行動できていない、その場合には、人(もしくは人数)、情報の取り方が間違っている、と。どれだけ有益な情報を得ても、それが行動に繋がっていなかったら無意味。行動することがなにより大事なのだから。

 

 

だけど、そんなこと言ったって行動するのはイヤなんだよー!って言いたいところでこちらのブログ。



 完璧思考の人は「よしやるぞ」じゃなくて「これを完璧にするにはあれをこうしてああして、ああアレが足りない。うーんこっちもダメだ。いやそれだったらやらないほうが...うーん、ダメだ難しすぎて無理だ、今の自分にはまだ早い」

 

という感じでうまいこと「完璧思考」が「やらなくてもいい理由」を組み立ててくれる。

 

まさに僕。「やらなくてもいい理由」を自分で作っている、というところがなんだか痛いところを突かれた感じ。常に100点を目指しすぎているし、100点じゃないなら0点の方がまし、みたいに考えている。

 

そんな完璧思考な僕に必要な考え方は、

 

完璧を目指すよりまず終わらせろ

 

 10点でも30点でもいいからまず手をつけて終わらせる。まずはやる、完成度はあとで考える。そんな姿勢が必要なんだろう。

 

そして、もうひとつ。

 

強迫観念として「努力嫌いだけど努力しないとヤバイ」となってる。そういう人には「努力の意味が分からないんだから努力しなくていいじゃん別に。そもそも努力しなきゃ生きてけないほうが間違ってるんだから、努力しないで済む方法を模索し続けた方がよっぽど健全」という事が言える。いかに努力を避けながら効率よく生きるか、という生き方も大切。 

 

おそらくこれもある。たぶん心のどっかで「努力めんどくせーし、やる意味あんの?」という気持ちがある。基本めんどくさがり屋だし。だったら、努力しないための努力をすればいいじゃん、ということ。楽をするための努力をしよう、という発想の転換。 

 

これらの努力に対する考え方を僕向けに組み合わせると、

 

「行動を躊躇しないように意識をする。そして、楽をするための努力をまずはやってみる。行動を起こすことが最優先。」

 

こんな感じになるだろうか。

 

なんだかんだと理由をつけてやらないよりはまずはやってみる、という姿勢が大切だろう。そんな大それたことじゃなくてもいいから、思い立ったらすぐやってみる、興味本位でやってみる、くらいの気持ちでもいいのかもしれない。