生きづらいふ

人生をクリアに、シンプルに、さわやかに。

ひとり暮らし、スタートしました

4年前、このブログで「毒親から離れるために、なるべくはやくひとり暮らしをする」と宣言した。なんやかんやあって4年もかかってしまったけど、ついにはじめることができた。10月21日に実家から都内のアパートに引っ越した。はやくもひとり暮らしをはじめてから2週間が経った。

真面目系クズの僕が、毒親から離れることにした話 - 生きづらいふ


当時はいろいろ精神的に不安定で、人生や自分に迷っていた。毒親がどうとか、ACがどうとかいろいろ言っていたけど、いまはとても平和でおだやかに生きている。だから、今回引っ越すときも「毒親から離れるため」というよりは単純に「自立したい」「ひとりで自由に過ごしたい」という意味合いが強かった。


家具から家電まで、ほとんどのものを新しく買いそろえることにしたのだけど、準備不足でほとんどなにもない状態から新生活がはじまった。ようやく冷蔵庫、洗濯機、テレビなどある程度のものはそろってきたけど、その他細かいものを含めていろいろ買いそろえるのは大変だった。いろんな種類のなかから、選択と決断を繰り返すというのは思っている以上に重労働だ。


だからまだあんまりゆっくり過ごせていない。まだベッドやイスがなくて物理的にくつろげないというのもあるし、買い物の繰り返しなどで忙しいというのもある。おまけに、仕事は仕事でいろいろぐちゃちゃしていてうんざりしている。ちょっとこれはしんどいなあ、休みがほしいなあ、ということで今日有給を使ってみた。結局、買い物に追われていたのでゆっくりはできなかったけど...


もちろんひとり暮らしできてよかったと思っているし、端々で楽しさも感じているんだけど、いまはまだ「はやくゆっくり落ち着きたい」という気持ちが大きい。許されるなら1週間くらい休みがほしい。ネットで買い物しても結局、受け取れるの土日だけだといろいろ捗らないし...。


なにはともあれ、ここしばらく目標にしていたことを達成できてよかった。立てた目標をちゃんと達成できたのって、人生のなかでも少ない経験なのでほんとよかった。これを達成できたのも人との出会いや運に恵まれていたからこそなので、ほんとうにありがたい。人との出会いにはいつも恵まれていてそこだけは自慢できる。


一応、人並みに社会人やっていて、ひとり暮らしもはじめられた。なかなか立派に生きている。すごい。


次はなにを目標にしよう。仕事かな。仕事でなにを目指そう。いまかなり迷走してしまっているので、ゆっくり考えていきたい。

近況

ほぼ月1更新になっている今日このごろ。近況を。

ひとり暮らしする物件を決めた

ようやく決めた。こないだ申し込みを済ませたので、いまはオーナーさんのOK待ち。OKが出たら契約をして引っ越し決行、という段取り。もう4年くらいまえからひとり暮らしをはじめることが目標だったので、やっと実行できてうれしい。


8月の中旬くらいにはじめて内見に行ってから3週間くらいあんまり行動できてなかった。先々週、またネットから不動産屋に問い合わせて、気になる物件の内見を申し込んだ。そして先週の3連休に内見へ。1日で3件見たのだけど、悩みながらもそのうちの1件に決定。翌日申し込んだ。


まだ正式に引っ越し日が決まっていないのだけど、一応10月中の予定。それまでに家電・家具などを買わないといけないし、持っていく荷物を積めたりしないとで、けっこういろいろやることがある。はじめてなので不安。


あと懸念は家族。これまでとくに引っ越しに関して否定してこなかった母がLINEでちょっとネガティブなことを言ってきたので、出て行かれることへの不安とかがあったりするんだろうか、と思ったり。でもそこを気にしていたらいつまでたっても独立できないのであまり気にしない。出ていくまえにごはんご馳走したりとかはしたい。

転職を考えはじめる

転職したほうがいいんだろうなあ、というのは前々から思っていたけど「転職したい」という気持ちになったことがなかった。けどこないだからそういう気持ちが出てきていて、ちょっともうほんとうに転職を考えようという感じになっている。


ちょっとあまりに「何でも屋」になりすぎて自分がなにをやってるのかよくわからないというのが一つと、道筋のない仕事をすることの難しさ、そしてやってもやってもうまくまわらないことへの無力感がすごくて、気持ちが折れてきてしまった。


一回、組織がある程度ちゃんと整っている会社で働いてみたい、というのがいま一番の希望。じゃないとどういう風に組織のルールを整えたらいいのかわからない。ぼくがもっと能動的に動ける有能だったら、いまの環境でも自分で変えていけるのかもしれないからそこはがんばらないといけないのだけど、やっぱり難しいと思った。


といいつつも、「ひとり暮らしする!」と言ってから4年ずるずると現状維持してきた人間なので、なんだかんだずるずる働きつづけるかもしれない。けどいったんは来年の3月まで、という区切りで考えている。年末くらいまでに気持ちが変わっていなければ動き出そうかなと。わりところころ考えが変わるので分からないけど。いまはそういう気持ち。

新しいブログをつくった

こないだTwitterでしれっと流したのだけど、おもむろにWordpressでブログをつくってみた。とりあえずサーバー借りてドメイン取得してWordpressインストールしただけなので、まだなにも出来ていないけどとりあえず公開してみた。

今日もなんとかなった(https://enpt-mgn.com/)


つくろうと思ったきっかけはブログURLのSSL化がどうのこうのというやつ。Googleさんが、今後URLは「httpsにせなあかんで、httpのままやと警告出すでー」とおっしゃってたのでこのブログもその対応をしないといけないな、と。でもなんかいろいろめんどくさそうだな、ということでいっそいちからつくっちゃえと。


あとまえまえから独自ドメインでやってみたいなと思っていたのと、Wordpressをいじれるようになっておけば、なにかの役に立つかなと思ったので。ちょっと触ってみた感じやっぱりWordpressさん難しそう。無料でいろいろ簡単にできるはてなブログさんすごいや、と実感した。


それからこのブログからすこし卒業したかった気持ちもある。「生きづらいふ」というタイトルは気に入っているから変えたくないのだけど、けどもう「生きづらい」という言葉をあまり使いたくなくて。使いたくないというか、使う必要がなくなってきたという感じか。


もっといろんなことを書いていきたいのだけど、「生きづらいふ」と冠しているとやっぱりそういうことを書かないといけないのかな、みたいな気分になってしまう。なにを書くかはぼくの自由なのだけど、なんとなくタイトルに引っ張られてしまう感じがする。


なので、生きづらさとかいったん忘れて、自由にいろいろ書けるブログをつくりたかった。新しい自分のベースになるような場所をつくりたかった。


まだタイトルも仮だし、見栄えとかも全然いじれていないのでこれからちょっとずつ。ちゃんと整えたら、ここを卒業してWordpressに引っ越ししようかな、と。なのでしばらくはまだこっちを更新する。引っ越した後もここは消さずに残す予定。


よろしくね。

今日もなんとかなった(https://enpt-mgn.com/)

ひとり暮らしへ向けて動きはじめた

ここ数年間、「ひとり暮らしをはじめる」ということを目標にしてきた。もともとは毒親から一刻もはやく離れるために、ひとり暮らしを目指す!と意気込んでいたのだった。(真面目系クズの僕が、毒親から離れることにした話 - 生きづらいふ

 

上の記事を書いてから、もうかれこれ 4 年近く経ってしまっているが、いまだに実家暮らし。毒親といっしょに暮らしている。いろいろあって、当時ほど親のことを毒親だと感じていないし、それほど困っているわけでもないが。

 

けど、単純にひとり暮らしはしたい。もういい年だし、自立もしたい。

 

ということで、ようやく動きはじめた。まだ物件探し段階だけど、こないだはじめて内見に行ってきた。そこではまだ決めずに、もうすこし探してみることにしたが、ようやく動きはじめられてよかった。

 

見に行った物件も悪くはなく、もう決めてもいいくらいだったが、すこし家賃が気になったのと、もうすこし慎重に決めたかったのでゆっくり探すことに。毎日、athome で探している状態。物件探しは楽しい。

 

あんまり探しすぎると迷って決められない状態になるので、あと 1~2 件内見したら決めたいと思っている。

雑感

父親のこと

昨日のこと。夕方に母親からLINEが来ていて、「父親が来るみたいだから、玄関をあけてあげて」という内容だった。


いまぼくは母と弟たちと4人で暮らしている。ぼくが物心ついたころから、母親が父親を徹底的に嫌っていて、そのストレスに耐えられなくなって父親だけを残して4人で引っ越したのだ。小さいころから、お母さんはかわいそうな人、父親はイヤなやつ、という先入観をもって生きてきた。だからぼくも父親は嫌いだし、まったく心を開かない。そして引っ越して以来3年以上、父親と会っていない。


そんな事情があるなかで、昨日突然、父親が家に来るという報せが来たのだ。かなり動揺したし、とてもこわかった。とりあえずLINEは見て見ぬふりをして、部屋にこもった。実際に父親が来たとしても気配や声を聞かなくてすむように、イヤホンでラジオ(山ちゃんの不毛な議論)を聴きながら布団で寝ることにした。


結果、2時間強を布団の上でやりすごした。そろそろ大丈夫だろうかと思い、リビングへ降りると父親はおらず、いつもと同じ状態になっていた。そして、何事もなかったかのように夕飯を食べた。ぼくは安心したような気持ちと、まだ多少の動揺と恐怖が残っていた。はじめは、昨日ツイッターでつぶやいたように怒りを感じる瞬間もあったりしたのだけど、しばらくしたらいつものように雑談したりしていた。


そしてどうやら本当に父親は家へ来たみたいだった。なんで来たのか。なんで入れたのか。なにもわからない。わかったのはぼくが自分で思っている以上に、父親に会うのをこわいと思っていること。とんでもなくこわかった。

仕事のこと

仕事のほうはまずまずだ。いやあまりよくないかもしれない。というのも、いま仕事を教えてくれるような先輩があまりいないのだ。弊社はベンチャーで、社員教育という文化があんまりない上に、いまのぼくの業務を見ている先輩が近々退職してしまうため、面倒を見てくれる人がいない。


となると自分でなんとかするか、誰かを頼るしかないのだけど、いろいろな事情からあまり動けずにいる。ひとまず今週次第かな、という感じ。様子見。

人間関係のこと

いまほとんど友だちがいない。時々さびしくなって、友だちがほしいなと思うときがあるのだけど、いざほんとうに誰かと仲良くなりそうになると、こわくなって逃げたくなってしまう。これ以上は心を許したくない、という一定のラインがある。


基本的に人と接するときは、ある程度演じていてほんとうの素を見せていない。仲良くなりすぎてしまうと、その演技に限界が来てしまいそうで逃げたくなる。もしくは逃げ場がなくなってしまうような気がしてこわい。

こないだ同世代の同僚たちと、めずらしくふらっと飲みに行った。仲良くなれた気がしてうれしい反面、なんだかこわくなった。楽しく仕事ができる程度に仲良くなるのはうれしいのだけど、それ以上になるのはこわいと思った。


こんな感じで人と一定のラインを敷いているから、いつも友だちができない。できない、というか自分で拒んでいる。逃げている。悲しいなあ。

ダンゴムシのこと

じつは今日、ダンゴムシの会の3周年記念会が行われている。たぶんいまやっているのかな。


一応説明しておくと、「ダンゴムシの会」はこのブログから派生して3年前に立ち上げたコミュニティで、生きづらさを感じている人たちのための安全基地というコンセプトで活動している。ぼくは去年3月に"卒業"という体で代表を辞めた。そのあとも新しい運営陣のもと月1回の活動が続けられ、今日が3周年ということになった。


時々、仲良くなった参加者さんたちと個別に会ったり、遊んだりはするのだけど、会自体にはほとんど行っていない。ほんとうは今日、行きたかったのだけどあいにく都合が悪く。


直近1年の状況はなにも知らないし、もはやダンゴムシの会の何者でもないので、偉そうに語るのは自重しておくけど、改めて会を作ってよかったな、と。当時は生きづらさの渦中にいて、人生をどうにかしようともがいていた。そんななかで作って、いろんな人と出会って、いろいろ変わった。初対面の人と会うのを繰り返すことで、多少コミュ障が改善されたし、いっしょに遊んだりする人もできた。


いまぼくはダンゴムシの会を必要としていないけど、当時は必要な場所だった。それにダンゴムシがなければ、いま会社以外に知り合いがまったくいなかった。家と会社以外に、もうひとつコミュニティがあるのはけっこう貴重な気がしている。


なにはともあれ、3周年おめでとうございます。

しゃべるのがめんどくさい

ちょっと久しぶりに病み気味なので、いろいろ書く。

しゃべるのがめんどくさい

しゃべるのは嫌いじゃない。居心地のいい相手とであれば、話したいと思う。けど、たまにしゃべるのがめんどくさくなるときがある。できればずっと黙っていたいと思うときがある。

 

継続的に人と会話することが苦手みたいで、ひとつの話題を広げて話すことができない。だから、いつもひとつの話題に対して数回のキャッチボールで終わって、またしばらくしたら次の話題へ、みたいな感じ。そもそもキャッチボールする意識がなくて、相手が投げたボールを受け取ってそのまま勝手に終了させたりすることもある。自分にはそんなつもりなくても、結果的にシカトしてしまっていた、みたいなことがよくある。

 

弟とはよく話すのだけど、とてつもなくダラダラ話している。どっちかが話題を振り、もう片方がそれに反応する、以上。みたいなのを何回も繰り返して会話している。そしてつねに会話しているわけではなく、しばらく黙ったあとにまた会話が発生する、みたいな感じ。家族との会話なんてそんなもんかもしれないけど。

 

他人と話すときも、ふいに黙りたくなって勝手にひとりの世界に入ったりする。やさしい人は気を遣って、話を振ってくれたりするので申し訳なくなる。気分次第では、自分の話を一方的にがんがん話したりするくせに、そうやってずっと黙っていたりもするから、とんでもなく自分勝手。

誰にも心を開きたくない

産まれてこの方、誰にも完全には心を開いたことがないんじゃないかと思うくらい、人に心を開かない。心に5重くらいロックをかけていて、3つくらいまでは扉を開けるんだけど、絶対に踏み込ませない最後の1、2個の堅い扉がある。

 

そもそも心を開くっていうのがどういうことかよくわからないし、心を閉ざし過ぎて、どれがほんとの自分かわからなくなってしまった。完全に心を開いている状態の自分がどれなのかわからない。

 

心を開いた自分を想像してみると怖くなる。こんな自分をさらけ出すわけにはいかない、こんなみっともない姿を見せるわけにはいかない、と防御反応が出る。そういうみっともない自分を認めたくないから、頑として心を開かないのかもしれない。

メンヘラはこわいぞ

メンヘラの定義はよくわからないけど、ぼくのなかでは「余裕がなくなって、自分のことしか考えられていない状態」だと思っている。20才くらいのとき、自分もそんな状態だったときがあるし、そういう状態の人から迷惑を被ったこともある。

 

いま身近でそんな状態の人がいて、周りからめちゃくちゃ叩かれている。で、ぼくはそれを反面教師にして気を付けようと思っていたのだけど、こないだ自分自身がそのメンヘラ状態の人と似た言動をしたことに気づいてとても怖くなった。自分も同じように叩かれてしまうのではないか、と。

 

そうやって「嫌われたくない」と思えば思うほど、余裕がなくなってどんどんメンヘラ状態になってしまう。どこかで手遅れになるまえに負のスパイラルから抜け出して、余裕を取り戻せばなんとかなるのだけど、手遅れになるといろいろ詰んでしまう。

なんのためにがんばってんだ

たまに何のためにがんばってるんだろう、と虚しくなる。明確な目標がないなかで、ただがむしゃらにやっていると、何のためにやっているのか分からなくなる。盲目的に目の前にあるやらないといけないことをがんばっているだけ。

 

自分が手に入れたいなにかのためにがんばっている、というよりは、「がんばっている自分」が欲しいからやっている感じがする。社会的なステータスというかなんというか。それで生きやすくなるならまあいいのかもしれないけど、ちょっと虚しさはある。

不安で不安でたまらない

いま仕事が憂うつで。失敗耐性がなく、人から「ちがう」と言われることを怖れすぎていて、自信をもって動けずにいる。けどやらないわけにはいかないから、なんとか奮い立たせてやっている。それまでにものすごい無駄な葛藤の時間があるので、社会人として終わっている。

 

やったことのないことをやっているのだからわからなく当然だし、頭も悪いのだから間違えて当然。だからどんどん人に聞けばいいのに、それを怠っている。いつも自分一人で抱え込んでなんとかしようとする。たいしたことできないのに。仕事に限らずいつもそう。

 

去年も最初はそんな感じで、だんだん自信をもってできるようになってきたのだから、今回もそのうちそうなると信じて、いまは踏ん張るしかない。幸い、周りは優しい先輩しかいない最高の環境なのだからなんとかがんばろう。