生きづらいふ

人生をクリアに、シンプルに、さわやかに。

あした26歳になる

わたくし事で恐縮ですが、あした26歳になる。

 

毎年言っているけど、もうほんとやばい。全然年齢と中身がマッチしない。むしろ、年々離れていっている。年齢は着実に増えていっているけど、中身がたいして変わらないのでとても残念な感じになっている。

 

中身が全然成熟しなくて、いつまでも幼稚なので、外見もなんか幼いまま。よく言えば若いのかもしれないけど、なんかそうじゃなくて悪い意味で幼いまま。大人っぽさがなくて悲しい。いつまでも大学生みたい。

 

中身が幼いから、外見も変わっていかないんだろうな、と思う。

 

とはいえ、お腹だけは着実に成長していて、どんどん出てきている。体型自体は変わらないんだけど、お腹にだけお肉がついていっている。去年の誕生日にもおなじこと書いているんだけど、たいして努力せず放置してたらやばくなってきた。

 

そんなのはどうでもよくて。

 

これも毎年言っているんだけど、このブログも誕生日を迎えました。

 

2014/6/7に開設してから5年が経った。遠い昔のような、案外最近のような。この5年はわりと目まぐるしく環境が変わったので時間感覚がよくわからない。まさか5年も続けるとは思ってなかったし、何度ももうやめようかなと思った。

 

けど、きれいごとじゃなくいまの自分があるのはこのブログのおかげなので、これからも続けるだろうなと思う。書くことで気持ちや頭を整理できるし、それを誰かが読んでくれて共感もしてくれる。さらにはブログ経由で人との出会いが発生する。これによってどれだけ救われたか。

 

ブログやってなかったら、まだニートだったかもしれないし、ほんとに友だちが0人だったかもしれない。当然ひとり暮らしもできずに、実家でただただ引きこもっていたかもしれない。ここでぽつぽつと文章を発信し続けたことで、人生が好転していった。ありがとうブログ。ありがとうみんな。

 

そんなこんなでぼく自身も、このブログもまたひとつ年を取ったということで、これからなにをがんばろう。正直最近は現状維持感がすごくて、ひたすら耐えながらおなじ生活をキープしている。その我慢が将来につながるわけでもなく、なにか目的があるわけでもなく。

 

じゃあなんのためにがんばってるんだろう、と。

 

現状維持に徹しているのは逃げ出す勇気がないのと、行きたい場所がないから。ただなんとなく生きている状態。楽な場所で現状維持しているならいいんだけど、楽じゃないのに抜け出せないという。(相対的には楽なのかもしれないけど)

 

でもそこから動かない、おなじ場所にいるというのがなんだかんだ一番楽だとわかっていて、動きださないのかもしれない。やっぱり怠けてるんだよな...結局なにもしていない。サンドバックのようになにかを受け続けるだけで、自分からなにかアクションを起こそうとはしない...

 

ただこれまでを振り返ると、そこに至るまでに時間はかかるものの、ある日突然「あっ、そうしよう」と思い立って新しいことに挑戦したり、なにかを決断したりしてきた。そこに多少の不安はあるものの、謎の確信というか自信みたいなものがあって、迷いなく進める。

 

その瞬間が来るのは、いろんなタイミングが重なったときで、自分の気持ちとか、人から受けた影響とか、時期とかいろんなものが合わさって、すっと腑に落ちたように次の行動を決める。ふだん何かを決断するのにめちゃくちゃ時間かかるのに、そういうときはなんの迷いもなく決断できる。

 

だからまたきっとそういうタイミングがどこかで来るんじゃないかな、と。結局待ちの姿勢なのはよくないと思うんだけど、これまでのターニングポイントもそうやって生きてきたので、変に無理せずにそのタイミングを待ってみてもいいんじゃないかな、と。

 

いつのまにかまじめな話書いてしまったけど、誕生日なんですよね。

 

今年もまたひとつ年を重ねてしまいますが、ブログともどもよろしくお願いします。

 

さみしいから祝ってね!!!!

人から好かれることが最優先事項

この一週間は、とてもつらくて、苦しくて、逃げ出したかった。仕事で自分のできなさが露呈して、それによる恥と自己嫌悪で苦しんだ。思い出す度に身震いしそうになるし、あしたからのことを考えても憂鬱で仕方がない。

 

仕事ができなくて苦しい、ならできるようになるためにがんばればいい、と普通は思うのだけど、たいした努力はしていなくて。同じことを継続することだけはしているけど、より成長しようという行動はできていない。

 

それはなぜなんだろう、と。自分がこんなに苦しいのに、なぜその苦しさから脱却することに繋がる努力をしないんだろう、と。そんな自問自答をしていてふと思い至ったのは、ぼくにとっての最優先事項は人に好かれることだからじゃないか、ということ。

 

ふだん極端に人から嫌われることを怖れているし、反対に好かれていると感じられないと安心できない。それは日常だろうが、仕事だろうがいっしょで、人と接している限りはつねにそれを気にしている。

 

嫌われたくない、好かれたい。これが自分のなかの最優先事項なので、正直仕事ができるかできないかはあまり関係なくて(間接的にはめちゃめちゃ関係あるのだけど)、そんなことより周囲の人たちから好かれているかどうか、が重要。

 

よく会社でいじられているのだけど、それがどんなにひどくても、好かれていたいから受け入れてしまう。必ずリアクションを取る。仕返しをしない。無視したり、仕返しをしたら、もういじってもらえなくなってしまうかもしれない。だから我慢しつつもいじられキャラを守っている。

 

そもそも最優先事項がそこなので、仕事のスキルを伸ばすとか、昇進するとか、会社に貢献するということにあまり興味がない。もちろん仕事で成果を出すことで、周囲から認められるという達成の仕方ができればいちばん健全なのだけど、現状いじられキャラを守ることで、達成しようとしているという間違った努力をしている。

 

つまり自分の最優先事項は周囲の人から好かれることで、それはいま自分のキャラクターを演じ切ることでなんとか満たせているので、仕事自体へと努力がいかないという状態。

 

でも、周囲のなかには自分のことを信頼してくれている、好いてくれていると感じられる人もいて(実際そうというより、ぼくがそう感じるかどうかの問題)、そういう人と接するときにはある程度安心感をもって話せるので、余計な心配事に脳のメモリを使わなくて済む。その分、多少生産的な思考ができる。

 

仕事ができるできない以前に、周囲から自分が好かれるかどうか、嫌われないかどうかに神経を使いまくっていて、まったく安心できない環境で仕事をしている。知識も経験もスキルもないので、嫌われるリスクのほうが高く、縮こまって仕事するしかなくなってしまっている。

 

じゃあどうしたらいいか、という解決策も浮かばず、この話をどう締めるかも見つかっていないうえに、なんだか今日は思考がまとまらないし、なにを書きたいのか見失っているし、書いているうちに自分がただのメンヘラダメ人間に思えて、だんだん落ち込んできてしまったのでもう無理やり締めようと思う。

 

これ以上考えるのはやめて、自分の気分が上がるようなことだけをしようと思う。

ひとりの空間

ここ最近、日曜の午後にブログを書くのがルーティンっぽくなってきた。とはいえ今日はあんまり書くネタがなかったので、ツイッター以上・ブログ未満な文量の話をいくつか。

 

# マッサージ効果?

今週はけっこう調子よく過ごせた。3,4月はやたらイライラしたり、すごく落ち込んだりした日が週に1,2回はあったんだけど、今週はそんなこともなくおだやかに過ごせた。

 

要因はマッサージなんじゃないかと思っていて。今年に入ってから、たまにマッサージに行くようになったんだけど、マッサージに行ったあとの1週間はなんとなく調子がいいような気がする。

 

で、先週の日曜も行ってきて、実際今週調子よかったから、これはもうそういうことなんじゃないかな、と。自分のなかでジンクス的な感じになりつつある。血行がよくなることによって、自律神経がどうとか、セロトニンがどうとか、っていう感じでメンタルに好影響を与えてるんじゃないか、と。

 

だからまた今日も行っちゃった。はてさてあしたからの1週間はどうなるか。

 

# ひとりの空間

今日、美術館に行った。家からバスで行ける距離にあったので、なんとなく行ってみた。正直、美術とか芸術自体にそんなに興味はないのだけど、"美術館"という空間が好きなので、旅先で行ったりすることがある。

 

で、今日行ったところは、想像していたよりもかなり小さいところで、展示物も数えるほどしかなかった。読み込むような説明書きもなかったので、一瞬で廻り終えてしまった。滞在時間およそ10分。

 

それでも、静かで、だれもいない空間だったので、外の世界から遮断された感覚があってよかった。作品を観たいというより、そういう"ひとり"の空間を楽しみたかったので、目的はまあ果たせたかなという感じ。10分だけだけど。

 

ちなみにいままで行った美術館で一番好きなのは、金沢にある21世紀美術館。白くて、広くて、きれいで、静かで、落ち着く空間だった。はじめて美術館っていいな、って思えたところ。おすすめ。

 

金沢21世紀美術館https://www.kanazawa21.jp/

 

# マンガアプリいいね

こないだおもむろにスマホにマンガアプリを入れてみた。まだ1週間くらいしか使っていないけど、いまのところかなり楽しんでいる。おかげで速度制限かかってしまって、現代っ子には厳しい生活を強いられている。

 

あまりマンガを読まずに育ってきたうえに、スマホで本・マンガを読むのにどうも慣れなくて、いままで使ってこなかったんだけど、いざ使ってみるとさくさく読めて楽しい。あだち充の『H2』が無料で読める喜び。

 

最近、ふつうの本を読むという習慣がすっかりどこかへ行ってしまっていたんだけど、こういう形でなにかしらの物語を読むだけで、なんとなく気分が変わってくる。いまは「サンデーうぇぶり」と「マンガワン」というアプリで同時にいくつか読み進めている。

 

楽しいよマンガ。

 

# ハードモード

こないだとある飲み会があって。ふだんあまり関わらない人たちがたくさんいて、コミュ障的にはつらい状況だったんだけど、そこにいる人たちがみんな「人見知り」とか「コミュ障」とは無縁な感じの人たちで、もういわゆる陽キャという感じ。

 

世のなかにはそういう人たちいっぱいいると思うし、むしろそういう人たちのほうが多いかもしれないんだけど、ふと、そんな人たちと同じフィールドで生きていくの無理じゃね?と絶望的な気分になった。

 

学生だと、ある程度共通点がある人たちでまとまることができた。学校にもいろんなタイプの人がいるけども、付き合う相手は選べたし、波長が合う人と過ごすことができた。けど、社会に出ると、なんの共通点もないまったく別世界を生きてるような人たちと接しないといけない場面が出てくる。

 

出身、学歴、文化、価値観、性格。学校というくくりがあったことで、いままで交わることがなかった人とも接する機会が出てくる。おなじ学校にいても、関わることがなかったタイプの人ともうまくやっていかないといけない場面が出てくる。

 

それって、超むずくね?????

 

少なくとも人見知り、コミュ障のぼくにはハードモードに思える。が、それでもとりあえず2年間、一応社会人やれているのだから、案外なんとかなるのかな、と楽観視しつつも、この先への絶望を感じている。

ぼくにとってのしあわせ

この土日は意味もなくビジネスホテルに泊まるという過ごし方をした。前からたま~にやっていて今回はけっこうひさしぶり。新小岩のホテル(7000円くらい)を取って1泊してきた。

 

べつに特別なことはなにもしてなくて、ただただのんびりと過ごしただけ。それでも日常とはちがう街で、いつもとちがうところで寝るというだけでだいぶ気分が変わるので楽しい。たまにやると気分転換になる。

 

で、今朝そのホテルをチェックアウトしてから小一時間くらい散歩をした。江戸川区の荒川?あたりだったので、スカイツリーを眺めながら歩くことができた。はじめは曇っていたけど、だんだんと晴れてきて、ほどよく暖かく、ちょっと強めの風が吹いていてとても気持ちよかった。

 

けっこうひさしぶりに「あ~いましあわせだな~」と感じた。

 

そこで思ったんだけど、自分はどんなときにしあわせを感じるんだろうな、って。しあわせを感じる瞬間はいくつかあると思うんだけど、たぶん今日みたいに気持ちよく散歩できたときはそのうちの一つとして挙げられると思う。

 

ニートだったとき暇すぎて、天気のいい日に近所の川沿いや公園を散歩しに行ったときすごくいい気分になったのを覚えている。それを何回か繰り返していたら、いつの間にか「仕事にチャレンジしてみよう」と思えるようになってニート脱却できた。因果関係あるかわかんないけど。

 

あと、しあわせを感じる瞬間として思い当たるのは人と楽しく過ごしているとき。基本的に人見知りで、コミュ障で、非社交的なんだけど、たま~にすごく気分よく人とコミュニケーションできるときがあって、そのときは素直に「いましあわせだな~」と思える。

 

それでいうと、たぶんしあわせっていうのは環境とか状態を表すものじゃなくて、ひとつの感情とか気分を現すものなんだろうなと思う。お金いっぱい持ってるとか、家族がいるとか、そういう環境・状態自体がしあわせなんじゃなくて、そのときの感情とか気分がしあわせってことなんだと思う。だから、しあわせな感情・気分になれる環境・状態にいることが大切なんじゃないか。

 

いまのぼくはどうだろう。仕事がつらいのでいまの職場はいい環境じゃないのかもしれない。でも冷静に考えてみると、全然仕事できないのにみんな仲良くしてくれるし、給料にも不満ないし、休みもちゃんとあるし、そんなに残業も多くないので、むしろかなりいい環境なのかもしれない。

 

と思ったりもするけど、実際どうなのかはいまの職場しか経験していないのでわからない。上述のようにいい面もあるけど、でも気持ち的につらいことが多いのも事実で、業務的にも人間関係的にも限界がきている感はある。だから次の道を考えたりはするんだけど、行きたい場所が見つからなくてなかなかよそにいけない。

 

たぶんまだまだ狭い世界しか知らないので、みんながどんな世界にいるのか気になる。どんな職場でどんな思いでどんな仕事をしているのか。つらいことがない仕事なんてないと思うんだけど、じゃあどんなつらさがあるのか、とかも気になる。それを知るためにはやっぱ交友関係ひろげて、人に聞くのが一番なんだろうなー...(人見知り・コミュ障には厳しい...)

 

そんな風にたまに社交的な考えが浮かんだりするんだけど、やっぱり勇気が出なくてなかなかできない。やっぱり人と会うとすごくエネルギーを使うので疲れてしまう。無意識のうちに無理をしていて、演じたり、自己防衛に必死になったりしてしまう。とくに最近は人付き合いで疲弊することが多くて、どんどん人付き合いから離れてしまっている。

 

だから仕事以外では、基本一人で過ごしている。一人でいるのは楽だから好きなんだけど、でもやっぱ寂しさもある。最近けっこうそこで葛藤していて、「疲れるから一人でいたい」vs「やっぱさみしい」という戦いが行われている。今日の散歩なんかも誰かと共有できたらいいなーと思いつつ、でもやっぱ一人がいいやと思ったり。

 

肩肘張らず、無理せずに、接することができて、落ち着く人がいたら...な。

 

と思いつつ、これからひとり自宅へ帰る。

自分の将来のことを考えてみる

信じがたいことに GW 最終日。あしたから日常が再開することを考えると、絶望感に飲み込まれて気絶してしまいそうなので必死に現実逃避している。ということで、あしたよりもっともっと先のことを考えてみようかな、と。

 

ふだんあんまり将来のこととか考えずに生きているので、たまにはちゃんと考えようということで、いまから5年後、10年後にどんな状態になっていたいかを考えてみる。ついネガティブに書いてしまいそうだけど、なるべくポジティブに。

 

5年後(2024年・31歳)

5年後って、もう31歳なのか...なんかすごく焦る。めちゃめちゃ焦る。え、どうしよう。

 

イメージというか理想だけでいうと、仕事もプライベートも一番充実してそうな年齢。仕事ではそれなりのポジションになってきて、やりがいと責任を感じながらがんばってる!みたいな年齢。プライベートだとちょうど結婚してるか、そろそろ結婚しようかって時期。

 

それは年齢からイメージする理想であって、実際自分がどうかって考えると...うーんやばい。

 

まず仕事でいうと、さすがにそのころにはどこかへ転職しているだろう。2社目あるいは3社目かもしれない。ただどんな仕事をしているか、全然想像できない。いまの仕事の分野を続けているのか、全然違う路線へ行っているのか。できれば違う路線へ行きたい。

 

いまの仕事で一生食べていこうとは考えていないし、すごく向いていないと思う。地頭が弱いので、問題解決したり、創造したりする仕事は苦手で、どちらかというと知識量で勝負するタイプの仕事のほうが向いているのかもしれない。

 

興味だけでいうと、心理系・教育系の世界に興味がある。大学で心理系をやっていたというのもあるし、自分が病んでいた分、同じような思いをしている人を何かしらの形でサポートしたいという気持ちがあるので。あと単純に人になにかを教えるのが好きなので教育系に興味がある。

 

ただ具体的な職種レベルまではイメージが湧いていないので、今できることとしてはとにかくいろんな求人を見てみてどんな仕事があるのか知るところからか。そんな悠長なこと言っていられないとは思いつつ...。というか、それ就活の時にやることじゃない?いまさらじゃない?

 

プライベートに関しては、結婚願望はあるもののその希望が一ミリもないのでがんばらないといけない。奥手すぎてもう...このままだと元気よく一生独身コースに突き進むと思われるので努力しないと...が、がんばる。

 

住む場所に関しては、いまのアパートにも十分満足してるけど、もうちょっと駅近のところに住みたい。東京にこだわりもないし、むしろちょっと離れたい気もするので横浜とかその辺に住みたい。仕事もその辺で。

 

10年後(2029年・36歳)

もうおっさんだね。どこでなにやってんだろ。

 

31歳のときにどうなってるかで、このときどうなっているかが決まってくる気がする。31歳までに仕事の路線固めていないともう遅いし。結婚に関しては36歳からでもまだワンチャンあるかもしれないけど、自分のスペック的に厳しいと思うので31歳くらいまでになんとかがんばらないと。

 

ちょっと想像してみて思ったけど、30代後半以降ってどういうモチベーションで生きるんだろう。家族を作っていればその家族を守るのが最大のモチベーションになると思うんだけど、そうじゃないとどうするんだろ...?

 

よし、考えるのをやめよう。

 

仕事に関しては、このときはもう自分のなかでしっくりくる仕事についていて、いまみたいに「できない、どうしたらいい」と苦悩せずに自分でコントロールしながら仕事できるようになっていたい。なっていないとやばい。

 

このころには仕事もプライベートも路線が固まっていて、あとは老後までその路線で生きていくっていうイメージなんだけどそれはもう古い価値観なのかな。40、50になっても新しいことやっていく、みたいな感じなのかな。ちなみに40歳前後くらいで、地方都市に引っ越して穏やかな気持ちで暮らしたいという青写真もあったりする。

 

願望から計画へ

書いてみた結果、具体的な計画はほとんどなくて、ただ「こんな感じだったらいいなあ」という願望レベルでしかないなあと分かって焦ってきた。ここ4、5年もあっという間だったので、5年後もあっという間に来るんだろうな、と思うといまからやっていかないといろいろやばい。

 

たぶん一番の課題は仕事だと思うんだけど、だいぶ行き詰っているというか打開策が見えてない状態なので、こういうときは全然べつの方向をてこ入れすると、なんか触発されていろいろ好転していくような気がするので仕事以外の時間をどう使うかに注力しようかなと。

 

だって仕事つらいのに、それ以外の時間も仕事のこと考えてたらずっとつらいもん。

 

で、少しずつ願望を具体的にしていって、ただの「こんな感じがいいなあ」を「こうなっていたい」にする。来月で26歳。いろいろ焦るけど、自分がどうしたいのかちゃんと自分の気持ちを聞いて、それを大切にして、進んでいきたい。